第27話 再捜査①
焼け焦げた石垣と黒く炭化した柱が、風にきしむ音を立てている。灰が足元でふわりと舞い上がる。
遠くでカラスのような鳥が鳴き、静けさの中に微かな羽音が混ざる。
瓦礫を踏みしめながらレムが進む。肩にギリーを乗せて。
サダナ子爵の屋敷の焼け跡には、今や人っ子一人いなかった。ギリーが辺りを見回している。
「なぜ、またここに来た?」
「現場百篇っつってな。捜査に行き詰ったときは現場に戻る。そして考えるんだ、何か見落としはないか」
ギリーが腕を組む。
「ほう、なるほど。覚えておこう」
レムは自分の肩の上で足をバタバタするギリーを呆れたような目で見た。
「だったら自分の足で歩け! お前、箒か俺に乗ってばかりだろう。そんなんじゃいざというとき使い物にならねえぞ。刑事は靴をすり減らしてなんぼだ」
「吾はケイジではないからな、こんな凸凹したところを歩かん! せっかくモーリーが街に遊びに行こうと誘ってくれたのに、吾はこうして仕事にきているのだぞ? 疲れないよう気を使わんか」
「仕事だろ? 当たり前のことを偉そうに言うな」
(このクソガキ……元の調子に戻ってやがる。昨日のはなんだったんだ?)
レムは足で炭になった梁をどける。梁は半ばほどで折れ、消し炭になった。
ギリーが思い出したように言う。
「そういえば、パンザロールに死体が男だったことは言わないでよいのか?」
「もちろん言うさ。ただいきなり死体はリシェル夫人じゃありませんでしたっつっても現場が混乱するだけだろう。その前に、捜査の方針を決める手がかりだけでも掴まねえと」
「ほう」
「ギリーのミスが咎められて、捜査に噛めなくなる可能性がある」
「むう……」
ギリーが唇を結び、うつむく。
「捜査は組織力だ。パンザだちには色々動いてもらわなきゃならねえ。何か土産がないと、俺たちが主導権を握れなくなる」
「吾は一級魔法捜査官だぞ! その命令でもか?」
「信頼できない上司の命令を真剣にこなす部下は少ねえ」
「信頼できない上司とはもしかして吾のことか? 敬意が足りぬ!」
「その通りだよ。いいかギリー、お前は陰で小馬鹿にされているかもしれない。だったら部下から信頼とか敬意を勝ち取らなきゃいけねえんだ。そうじゃなきゃ助手の俺も困る」
「ぐぐぐ……確かに領主が無能だと、領地が荒れるとはよく聞くが……貴様、やはり口の利き方に敬意が足りぬ!」
レムが体をかがめる。
「この辺だな、死体があった場所は。ほれ、降りろ」
ギリーが不満そうに口を尖らせながら肩から降りる。
「で、何をするのだ?」
「そうだな……それじゃあまずこの事件について、一から考えてみようか」
ケセが石垣の煤を自分の身体で払い落とし、パサが薄い膜のように平たく広がって、即席のシートをつくる。
ギリーはその上にちょこんと座り、腰を下ろす。
ケセが小さなポットとカップを出し、湯気の立つ紅茶を注ぐ。
(便利なやつら……)
レムは腰を落とし、ギリーに目線を合わせた。
「そもそもは、この家で出た焼死体が、事故か殺しかもわからないところから始まった」
「吾は最初から殺人事件と見抜いておったぞ!」
「お前のはただの見込み捜査だ! 絵図を書くのは悪いことじゃねえがな……確証がなければ思い込みかどうか、判断できねえんだ」
「ふん!」」
ギリーが髪を指に巻きつける。
紅茶の湯気が栗色の髪をやわらかく照らす。
「その絵図とはなんだ?見込みと何が違うのだ」
「見込みはただの思い込み。今ある証拠から、一番もっともらしい筋を組み立てるのが絵図だ」
「なるほど……」
ギリーがふんふんと頷いた。
「あの時は、貴様に言われて死体の煤を見て、殺人の可能性が高いということになったな。それが"今ある証拠"というやつか。まずは証拠集めなのだなあ、捜査というやつは」
「そうだ。そして殺されたのはリシェルだと……俺も正直思っていたよ。ただ、この世界では顔のねえ死体が誰のものか調べる方法がなかったんで、保留はつけておいたがな」
ギリーが驚いてレムを見る。
「貴様の前世ではそんなことができたのか? どんな魔法だ?」
レムは頭をかく。苔がパラパラと落ちる。
「魔法じゃねえ。DNAってのがあってな……一人一人違うんだが……すまんが俺もうまく説明できん」
「なんだ! 詳しく判れば魔法で再現してやるのに」
ギリーがびしっとレムを指さす。
「まったくだ……情けねえ話だぜ」
レムは腕を組む。
「ともかく俺たちは一番有力な容疑者として、アリバイのないサダナ子爵を調べはじめる」
「アリバイ? そういえば前にも聞いたな」
「犯行時刻に、容疑者が別の場所にいたかどうかの証明だな。そしてサダナはミナという女の家にいたことがわかり、詳しく調べたうえでアリバイも証明された」
「そういえばサダナ子爵はまだ捜査局の牢屋に入っているな。アリバイが証明されたなら出してやらんでいいのか?」
「いや、容疑自体は晴れたわけじゃねえ。アリバイだってパンザの奴が詳しく調べてるだろ? もしかすると偽装工作があったかもしれねえし」
レムの目が鋭くなる。
「何よりサダナのやつ、自分が死刑になるかもしれないのに妙に落ち着いてやがる……それが引っかかるんだ」
ギリーが紅茶をすする。
「ふむ。確かにサダナのやつ、最初に現場に来た時は妻をなくしておろおろしていたのに、取り調べのときは妙に冷静だったな」
レムが目をぱちくりさせ、考えこむ。
ケセがレムの肩にジョウロを傾ける。双葉の芽が右肩で小さく揺れる。レム本人は気づいていない。
「なんだ? 何かおかしなことを言ったか?」
「いや……お前と同じことを俺も思ってたんだ。そういう違和感てのが、刑事にとって大事でな」
「ははは! 吾も捜査官らしくなってきたということか!」
ギリーが胸を張る。
「図に乗るな! ああ、でも待てよ……」
レムが顎に手をあてて空を見上げる。
雲の切れ間から差し込む光が見える。鳥が鳴く。ここが殺人現場ということを除けば、のどかな風景だ。
「どうした?」
「サダナについての違和感なら、他にもある」
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