第26話 ギリーとレム②
――ふと、刑事時代の光景がレムの、山辺の脳裏によみがえる。
取調室。机を叩き、怒鳴る自分。吐け!と叫ぶ。ついに容疑者につかみかかろうとしたところで、同僚の手が背後から自分の身体を抑えつけた。
刑事部の廊下。遠くから聞こえた声。
「山辺さんとは、コンビ組みたくないっすよ。無理ですよ。全然こっちの話、聞かないし」
捜査本部にいろと命令を受ける。くそが、と声が出る。麻薬取引の情報をつかんだのは俺だ、なのに、なぜ俺が本部で待機しなきゃならねえ?
ひとりで現場へ向かう。夜、雨が降っていた。山辺としての、最後の夜――
モーリーがギリーの涙を拭いてやる。ケセとパサもどこから出したのか、新しいハンカチを彼女にあてがう。
それでもギリーの嗚咽は止まらない。いまにも崩れ落ちて、消えてしまいそうな、一人の子どもがそこにいる。
――俺は犯人さえ捕まえればいいと思って……怒鳴って脅して嘘ついて、誰も俺に逆らえねぇようにしたつもりで……本当は誰も諭してくれねぇ状況に自分を追い込んだ。大馬鹿者だった。俺は自業自得だが、この魔女っ子は……そうじゃねえ――
そのとき、レムの右肩にある土の表面に、かすかに小さな芽が吹き出したのを、誰も、レム自身も気づかなかった。
「だから俺を作った……いや、呼んだんだろう?」
「え?」
ギリーが顔を上げる。その瞳は、レムをまっすぐに見ている。
「一級魔法捜査官らしい捜査ができるように、役に立つ助手が欲しかった……ガキの自分ひとりじゃできないから……違うのか」
ギリーが涙を拭う。
「お前、俺を選んだ理由は執着だって言ったよな。俺はこの事件の犯人を逃す気はねえ。真相をつかんで、絶対に捕まえる。それが刑事……俺はそう思って生きてきた」
「ケイジ……貴様の世界の、捜査官」
「お前のやり方は間違ってたかもしれない。だがお前にも、本当の捜査官になりたいって執着があった。つまり……お前は成長したかったんだろう?」
ギリーが目を見開く。涙が止まった。そして自分の小さな両手をじっと見た。
「成長……ああ、吾は……そうか」
自分の掌をしみじみと見て、ギリーは言った。
「なんと子どもっぽい夢だ……」
レムはため息をつく。
「実際ガキだろうが。天才だの持ち上げられてると気づきにくかったろうな。まあ本当にそうなんだろう、魔法に関しては」
モーリーが胸に手を当てる。
「そっか……私、いつもギリーの魔法は凄いって、素直に言ってたつもりだけど……まだあなた12歳だもんね。ううん、12歳だからこそ、天才のあなたを子ども扱いしないようにしてたかも……」
ギリーがモーリーを見た。瞳が揺れている。
「そうなのか……?」
「私も友達少ないからさ。なんかごめんね」
済まなそうなモーリーに、ギリーが首を振り、涙のあとに微笑みを浮かべる。
「モーリー、ありがとう」
レムは落ち着きを取り戻した様子のギリーを見て、ため息をつく。
(やっぱり、こいつはまだガキだよな……だが)
レムの目が鋭く光る。
(この魔法世界で犯人を挙げるなら、ギリーの魔法は絶対に必要だ。そして、捜査での使い方を教えてやれるのは……)
レムは床に膝をついて、身を低くする。目線はそれでもギリーより高い。ギリーはそんなレムを見つめている。
右肩の芽が更に伸び、あっという間に双葉に変わる。その様子を、そばを漂っていたパサだけが気付いた。
「なあギリー、手ひどい失敗をしてなお、諦めない気持ちは残っているか? 成長する気持ちは枯れていないか?」
ギリーが息を飲む。
沈みゆく太陽が彼女の顔を照らす。彼女は微動だにしなかったが、瞳の中にかすかな光が宿るのを、レムは確かに見た。
「もしそうなら俺は……お前が本当の捜査官になれるよう、後ろをついていってもいい」
夕陽が最後の輝きを放ち、山の端に沈んでいく。
ケセが柵の向こうから飛んできた。その身体に似合わない大きな物を抱えている。倉庫に置き去りになっていたギリーの杖だ。
ギリーは杖を受け取る。まぶたは赤いままだったが、口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「そういえば、ケイジについて貴様から色々と教えてもらうのが、まだだったな」
「前世のことなんて、忘れちまったよ」
「嘘をつけ! 貴様の知っていること、全て吾の捜査に利用させてもらうからな! 貴様は、吾の助手なのだから!!」
ギリーが胸を張って仁王立ちし、杖を構える。そして身をひるがえす。
黒いマントがふわりと舞い、杖を掲げる。
「忘れたか! 吾は魔法都市国家ビルディア魔法治安局一課所属 一級魔法捜査官ゲイリィナ・ヴァリドルだ!」
そう言い放ち、魔法少女のようなポーズをとる。
「知ってるよ。何度も聞いた」
ケセとパサが嬉しそうに彼女の周りをぐるぐる飛ぶ。
モーリーは涙を拭いながら、ほっとしたように笑っている。
レムがフッと息を漏らす。
夕陽が沈みかけ、青くなった夜空に星がひとつ灯っていた。
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