第22話 ネクロマンサー①

捜査局の裏にある倉庫。

古びた鉄の扉がきしみ、重い音を立てて開く。

室内はほこりっぽく、薄暗い。

床の中央には、古びた布が敷かれ、その上に黒く焦げた人影――焼死体が横たわっている。

ギリーが口元をローブの裾で覆う。焦げた肉の匂いがまだ残っているのだ。ケセとパサが換気のため窓を開けていく。

光の筋が舞い上がる埃を照らしている。やや明るくなった室内に、木箱や樽や箒などが乱雑に積まれているのが見える。

嗅覚のないゴーレムはのしのしと中に入っていき、布をつまんでため息をつく。

「やれやれ、まさか倉庫にあるとはな」

レムはしゃがみこみ、ゆっくりと布をめくっていく。

焦げた皮膚と骨があらわになる。

ギリーはドアのそばで腕を組み、死体と距離をとって立っている。表情はわずかにこわばっていた。

「お前、まだ死体が怖いのか?」

「怖いわけではない! 苦手なだけだ!」

「魂をゴーレムに入れる魔法は使えるくせに」

「それと死体に慣れておるかは別物だろう!」

そういうものだろうか?確かにゴーレムは死体ではない。魔法の世界のルールはいまだにレムにはわからないことばかりだ。

「しかし遺体の扱いが雑だなこっちは。これも証拠品だっちゅうに……」

「ネブリカが魂を留めている間は埋葬できぬし、他に置く場所もないのだ」

「まあいいけどよ……」

レムがぶつぶつ文句を言いながら、焼けた腕を確認している。

焦げの隙間から白く乾いた骨がのぞく。

「で、この死体がどうしたのだ?」

レムは黙り込み、しばらく死体を見下ろしたまま動かない。

光の筋が死体の焦げ跡を斜めに横切っている。

「なんだったかなあ……くそが、このオンボロ頭め……こんなことになるんなら、検死の勉強でもしとくんだったぜ」

レムが自分のこめかみをわしづかみにして握る。土が圧縮されて軋むような音が鳴る。

「また頭が割れるぞ」

ギリーの注意を聞き、我に返る。そして"こんなことになるんなら"の"こんなこと"など、予想できるはずもなかったと、自嘲気味に笑った。

変死体についてくる司法解剖の報告書。刑事だった自分は今までそれを当たり前のように享受してきたが、あれもまた専門家が時間をかけて調べた結果だ。

警察は組織で動く。前世の自分はそんなことも忘れ、自分一人で犯人を追い、捕え、手柄を挙げた気になっていた。その傲慢さが、結局自分の首を絞めたのだ。

この世界の警察――魔法捜査局も捜査の手法こそ日本とは違うし、物足りない部分もあるが、組織だって動くことはできている。その中で魔法を知らない、人間でもない自分は、せめて20年の刑事生活の経験を生かさなければ、ただの役立たずだ。

犯人は一人で捕まえるのではない、どうしてそんな当たり前のことを忘れていたのだろう、とレムは頭の片隅で考えながら、ギリーの方を向く。

「仕方ねえ……ギリー捜査官、死体を見慣れてる奴をしらねえか。特に色んな人間の骨を見慣れてる奴だ。捜査局じゃなくてもいい」

ギリーはその質問に最初驚いた様子を見せたが、首をかしげて考え始める。

「ふむ。捜査局の者なら見慣れておるが……骨となると……うん……お、そういえばアイツがいるではないか!」

ギリーがポンと手を打つ。

「あいつ?」

ギリーが杖を振る。杖先に淡い光が灯り、空気の中から鳥の形をしたオーラが現れる。

それは金色に発光しながら羽ばたき、ひと鳴きして天井をすり抜ける。

「行け!」

鳥のオーラは一筋の光を残して消えた。

「今のはなんだ?」

「伝令だ。どんな遠方でも吾からの伝言を伝えてくれる。前もって双方で契約を交わしておく必要があるがな」

「知り合いってことか。どんなやつだ」

「そうだな。吾の知る限り最も腕の立つネクロマンサーだ」

そういって、ギリーは自信ありげな笑みを浮かべた。


窓から差す夕陽が、倉庫の床を橙色に染めている。その確度がじょじょに変わり、広がっていく。

風がわずかに吹き込み、焦げた布がふわりと動く。

ギリーは木箱に腰かけ、ケセとパサを手のひらの上でお手玉のように浮かせて遊んでいる。

ふたつの小さな精霊は笑いながら回っていた。


レムは無言で死体のそばにしゃがみこみ、腕を組んで考え込んでいる。

レムが伝令の鳥を使いにやって、まだ数分というところだろう。そのネクロマンサー――死体を操る魔法を専門にしている魔導士だと、ギリーに聞いた――が今どこにいるかはギリーにもわからないそうだ。伝令が届き、また伝令が返ってきて、本人がやってくるまでどれぐらいの日数がかかるのだろうか。死体の状態が劣化しなければいいが……

「貴様は死人を見るのが好きだのう。モーリーとは気が合うかもしれん」

「好きで見てんじゃねえ。……モーリーっていうのか、そのネクロマンサーは」

「そうだ。吾の魔法学院時代の同級生でな、友人でもある」

レムが振り向き、目を見開く。

「お前……友達がいるのか?」

「失礼な奴だな! 敬意が足りぬ! ……まあ、吾と釣り合う者はあいつの他におらんかったがな」

「ロクにいねえじゃねえか」

ギリーが顔を紅潮させてレムを指さす。

「うるさい! そういう貴様はどうなのだ?」

「あ?」

レムが顔をしかめる。

ギリーは勝ち誇ったように顎を上げる。

「友人だ! 吾を馬鹿にするということは、前世に貴様の友人はさぞかしいたのだろうな!」

「刑事にそんなの……」

いらねえ、と言いかけて、レムの脳裏に過去の記憶がよぎる。


捜査一課の時だ。容疑者はなかなか口を割らない。新たな証拠が必要だった。

山辺蓮司は上司の机を叩いて声を荒げる。上司は怒声を無視し、彼の話をろくに聞かず、報告書に目を通している。

同僚たちはみな遠巻きにそれを眺め、誰も声をかけない。結局容疑者は証拠不十分で不起訴になり、山辺は上司につかみかかって謹慎を食らった。

繁華街の裏路地。何か情報はないか?と、ほとんど恫喝のように、半グレの下っ端を壁際に追い詰めて、喉笛を抑えつける。

何もないとわかり、山辺は表通りに出る。多くの人通り。彼を憎み、疎ましく思う視線がどこからともなく刺さってくる。

いつも孤独があった。ただ犯人を捕まえるためだけに動いてきた。それが刑事だと思ってきた。


レムがギリーをぐっと睨み返す。

「いらねえ」

「またケイジか。はは! ならばケイジというのは、一人ぼっちなのだなあ!!」

ギリーが腹を抱えて笑う。その嘲笑は、図星だっただけに、レム――かつての山辺蓮司――の逆鱗に触れた。

「黙れクソガキ!」

怒ったレムが腕を伸ばしてギリーを捕まえようとする。

ギリーがひらりと後ろへ下がり、木箱の上に乗る。


レムが立ち上がってギリーを追いかけようとしたその瞬間――遠くから「キーン」という金属のような音がかすかに響いた。

二人が動きを止め、耳を澄ます。

音はすぐに大きくなり、ズバッ、ズバッと空気を裂く音混じりで近づいてくる。

換気のために空けた窓から空気が流れ込み、倉庫の中の埃が舞い上がる。

そして――屋根が爆ぜるように吹き飛んだ。


木片と瓦礫が宙を舞い、光が一気に差し込む。

ギリーの帽子が飛び、レムは反射的に死体をかばうように覆いかぶさる。

「なんだ!?爆発か?」

土煙の中、上空にひとりの人影。

箒にまたがった短髪の若い女。格好は黒いローブととんがり帽子。魔導士だ。

分厚いマスクと丸眼鏡をしている。

箒の先には髑髏の束がぶら下がり、淡い紫の光を放っている。

周囲をギリーの放った鳥のオーラがくるくると飛び回っていた。

女がマスクを外す。厚い唇だ。眼鏡の奥で紫がかった瞳が揺れる。

「お待たせ~!」

「モーリー! まさかこんなにすぐに来てくれるとは!」

「急いで来てってギリーに言われたんだもの。当たり前でしょ!」

ギリーが嬉しそうに手を振る。

舞い散る埃の中で、モーリーは静かに着地すると、ギリーと抱き合った。

レムはまだ土埃をかぶったまま中、呆れ顔で見上げる。

「この女が……モーリー? ネクロマンサー?」

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