第21話 アリバイ
ギリーの部屋の天井は高い。そして夜が来たときのためか、ランプがいくつも宙に浮かんでいる。
本棚には分厚い魔法書が並び、魔法陣の描かれた机の上には紙束が雑然と並んでいる。
カーテン越しオレンジの夕陽が差し込んでいた。今のビルディアの季節はいつ頃なのだろう?とレムは思った。
冬か、夏か。ゴーレムは温度を感じない。ギリーやパンザロールの服装から見て、熱すぎず寒すぎずといったところか。
机にはギリーが座っている。相変わらずその小さな体には不釣り合いな机と椅子の大きさだ。
紅茶の湯気が彼女の前でゆらめいていた。ケセとパサがせっせと入れたものだ。
そういえばあの毛玉、外に出ているときはいないと思ったら、ギリーの栗色の髪の間に潜んでいたらしい。
レムはその机の前に胡坐をかいて座り、腕を組んでいる。
横にはパンザロールが立ち、紙に書かれていた文面を読み上げていた。
「隣の家はパン屋で、日の昇る前から仕込み中でした。確かに深夜、謝って水瓶を落としてしまったと言っています。時刻もおおむね一致していますね」
「やれやれ……参ったな」
レムは頭をかいた。
「私はもう少しミナや子爵の証言を洗ってみます。何か見落としがあるかもしれない」
「そうだな……こっちも考えてみるわ」
パンザロールは慌ただしく一礼して部屋を出ていく。
扉が閉まると同時に、室内が静まり返る。
ギリーは紅茶をひと口すすり、しかめっ面のままカップを置く。
「なんだ、さっきから……なにを参っているのだ?不死身のゴーレムが」
「不死身は関係ねえよ……なあギリー捜査官、これは確認だが、瞬間移動する魔法なんてのはねえよな?」
ギリーは唇に手を置き、一瞬だけ考える。
「聞いたことがないな。箒などをつかって高速で飛ぶ魔法ならともかく」
「どれぐらい速く飛べる?」
ギリーが眉をしかめる。
「実は前に試したことがあってな。だが、速いと息はできぬし、速く飛ぶほど周りには空気の波紋が広がって森の木をなぎ倒してしまうのだ。あのときは精霊に苦情を言われて大変だった」
レムが呆れた目でギリーを見つめる。
「夜中にそんな速度で街を移動したら大騒ぎになってるな」
「……それがどうかしたか?」
「つまりだな……一昨日の夜、サダナ子爵は友人の家を出てミナの家に向かった。夜中に隣の家の物音を聞いた。サダナもミナもお互いの関係を隠したがっていたし、口裏を合わせる時間はなかったはずだ。だが、証言が一致した」
「パン屋の水瓶の割れる音か! ああ! だからサダナに嘘の質問をして、貴様に話を合わせていないか確かめたのだな」
レムがうなずく。
「なるほどな。今度使おう」
「使いどころを間違えるとただの馬鹿になるから気をつけろよ」
「吾を誰だと思っておる! 敬意が足りぬ!」
レムが首を左右に振り、ミシミシと音を鳴らす。
「サダナは朝から家の前にいた商人に、昼に家を出るところを見られてる。もしサダナがリシェル殺しと放火の犯人なら、夜中にミナの家を抜け出してもう一度戻ってきたことになる」
ギリーが腕を組み直す。ケセとパサも短い腕を出して腕を組んだ。
「しかし隣の家で水瓶の割れたときにミナの家にいたのなら、それは不可能だ。屋敷で火が出た時間は深夜、さっきパンザに詳しく聞いてきたたが、使用人が火に気づいて逃げた頃、トキコウモリが8つ鳴いたそうだ。ミナの家と屋敷はかなり離れてるから、夜中に気づかれず高速で移動する方法もないなら……」
「なら?」
レムが目を閉じ、天を仰ぐ。
「子爵にこの犯行は不可能だ」
ギリーが椅子から身を乗り出し、机に脚を乗せる。机の上の書類が足に蹴飛ばされて舞った。
「バカな!」
舞い散る紙。ギリーはレムを指さす。ありったけの力で腕を伸ばして。
「ネブリカは確かに子爵を裏切り者といったのだぞ!」
レムは頬に手を当て、目を逸らす。
「愛人を囲ってる旦那を恨んで言ったのかもしれねえな」
「それは……本気で言ってるのか?」
ギリーが青ざめた顔をして腕を下ろす。レムは再び目をギリーに正面から向ける。
「俺はいつでも本気で犯人を捕まえようとしてる。だがそれは、怪しい野郎を踏ん縛って終わりじゃねえ。確証がなきゃ、思い込みで間違いを犯すのが人だからだ」
ギリーは、右腕で拳を作り、軽く部屋の床を叩いた。それでも部屋全体にミシッという振動が響く。
「サダナが落ち着いてる理由はこれさ。移動のための時間をどうにかする方法はあるかもしれん。……だが魔法ってやつには何が出来て何ができないか俺にはわからねえ。だから俺だってしたかねえが、子爵のアリバイの件はパンザの奴に任せた方がよさそうだと思った。もし、その上で子爵の犯行は不可能ってことになったら」
「なったら?」
ギリーの手が震えている。
「捜査は振出しだ」
ギリーが杖を持ち上げ、振り上げる。
彼女の目が潤み、唇が震えている。
「ふざけるな! ネブリカのおかげで犯人が分かったというのに」
「だから言ったろうが! あの声だけで犯人はわかんねえって……」
言いかけたところで、杖がレムの頭に振ってきた。ぽこぽことレムの頭に振動が響く。
痛みはない。レムは微動だにしなかった。
「ガキ、殴るんじゃねえ……ああもう!」
振られた杖をつかむ。レムとギリーの目が合った。その水色が勝った瞳に、涙がにじんでいた。
レムは思わず息を呑む。
「うるさい……うるさい、うるさいうるさい! 貴様は吾の助手だ。口答えするな!!!!!」
杖を下ろしたギリーが肩で息をしている。
(そんなに犯人が捕まえられねえのが悔しいのか……?)
長い沈黙が流れる。ケセとパサが、おろおろしてギリーの周りと飛んでいる。
「なんとかしろ」
「あん?」
「パンザロールに任せたといったが、貴様はでは何をするつもりだ? このままそこで頭に花が咲くまで待っているつもりか?」
レムの目が鋭く光る。
「ずいぶんな言われようだな。次にやることなら考えてある」
「なんだと」
レムがゆっくり立ち上がる。
「サダナの取り調べで時間食っちまったからな。もともと後で確かめたいと思っていたことがある。いい機会だ」
「何を確かめる?」
「リシェルの死体をもう一度調べる」
ギリーが小さく「え」と声を挙げた。夕陽がさらに濃く窓から差し込み、二人を包み込んでいた。
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