第17話 サダナ子爵③

市場はすっかり盛りを過ぎたようで、屋台はわずかに残るだけ、ひび割れた石畳の上に野菜の切れ端や小さな魚などが落ちている。

遠くから、ギターに似た弦楽器に合わせて歌う酔っ払いの声が聞こえてくる。

行き交うのは、裾の擦り切れた服をきた商人や、手押し車を引く獣人の老人、裸足の子供たち。

誰もが肩をすぼめ、声を潜めて歩いている。笑い声よりも、ため息や咳払いの方が多い。

ハースの家のあった住宅街に比べると、家の屋根や壁の色が煤けて見える。


通りの外れに、赤い屋根が錆びて剥げた家がある。窓枠は木の枝で補修され、ドアには古布が垂れ下がっている。

玄関先には、洗いたての布が干してあり、かすかに石鹸の匂いがしそうだった。

鼻が犬になったままの捜査官が、その家の前で遠吠えしながら手を振っている。

レム達一行は駆け寄った。

ギリーが杖を振り、捜査官の顔を戻す。

「ここです。この家の前でサダナ子爵の匂いが濃く漂っていました。その後はあっちの方向へ」

パンザロールが捜査官の指さした方向を見る。

「遠回りだが、子爵の屋敷に帰る道につながっているな」

「ふむ……だとすると」

レムが赤い屋根のボロ家を見上げる。そしてパンザロールと目を合わせる。

パンザロールがうなずき、ドアをノックする。

「ごめんください。どなたかいますか」

しばらく間を置いて、低く澄んだ女の声が家の中から響いた。

「はい」

木のドアが軋みを立てて開く。

そこには、簡素な服を着た若い女がいた。整った顔立ちのやせた女だ。

ただし首から頬にかけての顏の周り、長袖から出ている手の甲は、鮮やかな翡翠色だ。うっすらと鱗が生えている。よく見れば胸元も、裸足の足も、鱗に覆われている。

瞳は金色で、夕焼けの薄暗い影のなかで、わずかばかり輝いているように見える。

深い紺色の髪が、頭頂部から筋のように後頭部へと続いており、首元から三つ編みにして胸の前に垂らしている。

(こいつは……?)

ビルディアで獣人は珍しくない。遠目には何度も見ていた。だが、間近に見るのは初めてだ。

「ほう。ブルードラゴンの獣人とは珍しいな、こんなところに住んでいるとは」

ギリーが心なしか嬉しそうに呟く声が聞こえる。

「なんでしょう……?」

獣人の女は魔法捜査官の服を着た男―パンザロール―に加え、巨大なゴーレムとその肩に乗る魔女の子どもという奇妙なパーティーに、怯えの表情を見せている。

パンザロールは手慣れたようすで、笑顔で会釈をする。

「すみません。魔法捜査局の者です。お名前をうかがっても?」

「ミナといいますが、うちに何か?」

ミナと名乗ったその女はそう言いながら玄関先から一歩踏み出し――視線の先がサダナで止まる。

「サダナ……様……?」

サダナの顔が一瞬にして険しくなる。

ミナに向けられる視線は、何かを命令するような、厳しいものだった。

反射的に、ミナの喉の奥でひっという声がした。

(サダナめ……さっきまでダンマリ決め込んでやがったが……やっといい顔しやがった。連れてきた甲斐があったぜ)

レムは漏れ出る笑いをこらえながら、ゆっくりと二人の顔を交互に見る。

「お知り合い……ということでよろしいかな?」

サダナとミナは沈黙している。

風が紙切れを飛ばし、家の前の洗濯物をかすかに揺らした。

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