第16話 サダナ子爵②
レムたちはビルディアの南、裕福な商人の屋敷がぽつぽつと立ち並ぶ住宅街にきていた。
石畳の道は整備され、両脇の屋敷は、どれも二階建てから三階建ての煉瓦造りだ。
箒に乗った配達人が空をすべり、馬の引く荷車がカラカラと音を立てて通りすぎる。
その通りの奥に一軒ある、ひときわ古びた屋敷の主がハースだった。高級酒の卸をしている男だろいう。
恰幅がよく、いかにも商売で成功したような煌びやかな服装に比べ、貴族や警察にはめっぽう頭が低い男だ。
訪れたときも、侯爵の娘で一級魔法捜査官でありギリーの身分を聞くと、土下座でもせんばかりの勢いでかしこまり、それはギリーの自尊心をたいんへんに満足させた。
レムは肩の上にギリーを乗せながら、一昨日の晩のサダナの行動について尋ねる。
「サダナ子爵がいつ家を出たか、正確な時間はわかるか?」
「ゴ、ゴーレムがしゃべった!?」
もう何回目かのやり取りを済ませ、レムが再び尋ねると、ハースは少し考え込む。
「そうですねぇ。子爵殿下が私の家を出られたあと、部屋に戻ってすぐでしょうか。トキコウモリが四回鳴いたのを覚えています」
「トキコウモリ?」
レムは横にいるパンザロールを見る。パンザロールは護送用の空飛ぶ絨毯を丸めてしまっているところだった。
横にはサダナ子爵と、彼を見張るように三人の魔法捜査官の男たちが立っている。
「日の入りから日の出まで、几帳面に十回、同じ間隔で鳴くコウモリです。しかも鳴くごとに回数が増えます。ビルディア中にいるので、夜の間の時間を知るには便利ですね」
「また変な生き物がいるな……しかし、時計代わりになるわけだ」
レムはサダナを見る。
「で、子爵、あんたはそれを覚えているか?」
「ふむ……今思えば、確かに四回鳴いた頃に出たかもしれない」
パンザロールが苦々しい顔をする。ついさっきまで、家を出た時間はよく覚えていないと言っていたじゃないか、という顔だ。
「その後はどこに行った?」
「さあ……知っていても言う義務はない」
ギリーが業を煮やして声を荒げる。
「白状しろ! 屋敷に戻って貴様が夫人を殺したのではないのか?」
「ギリー殿。それはお言葉ながら勘違いというものです。私は妻を殺していません。シナジアの神々とゴラムスの魔神たちに誓って」
サダナは大げさに、天に祈るような仕草をしてみせた。
ギリーが唇を噛み、杖を握る手に力をこめた。
「ではどこに行っていたのだ!」
「う~ん、それが覚えていないのですよ。申し訳ありません」
卑屈な笑みだ。昨日、屋敷に戻ってきた時に見せた狼狽ぶりやギリーへの恭順はどこへいったのだろう。おそらくはあちらが演技で、今のサダナが本当の姿なのだろうとレムは考えた。
レムはサダナがさきほど仰いだ空を見た。晴天だ。昨日も一日中、晴れていた。ゴーレムの身体は水に弱いため、雨に気をつけろとギリーに注意を受けたものの、レムが今の姿に転生してから一度も雨は降っていない。土の身体はカラカラに乾きっぱなし。ビルディアとはそういう国なのだ。
(そうだ……だったら残ってるんじゃねえか?)
ふとレムは思い付き、肩に乗っているギリーに耳打ちをする。
「ギリー捜査官」
「なんだ?」
「こういうことはできるか?」
ギリーは少し考え込み、目を輝かせる。
「……また貴様は妙なことを考えるな。だが………面白い! 見ていろ!」
ギリーの杖先の金細工が光を発し、軌跡を描いて振られる。
「ビスタルガ・マド」
パンザロールの脇に立っていた三人の捜査官の顏に、もやもやとした光が浮かんだ。
「え?」
次の瞬間、彼らの鼻が伸び、口がマズルのように変形していく。それはさながら口と鼻だけが狼男になったような、滑稽な姿だった。
「う、うぉおん! うぉん!」
捜査官たちの突然の異変に、パンザロールやハース、サダナまでもが目を丸くする。
「な、何をしたのです?」
「レムが“鼻を犬のようにできないか”と聞くので、局所的に獣人化の魔法をかけたのだ」
「つまり、彼らの口と鼻は、犬に……?」
マズルを抑えて慌てる捜査官たちに、レムが覆いかぶさるように近づく。
「落ち着け。いいかお前ら、ここにいるサダナ子爵の匂いをよく嗅ぐんだ。その匂いをよ~く覚えろ」
捜査官たちが互いに顔を見合わせる。
ギリーが未だに光を発する杖をブンブンと降る。
「早くせんか! その魔法は一時的なものだから、すぐに解けるのだ!」
しぶしぶ、三人はサダナに近づき、犬のように鼻を近づけて匂いを確かめ始める。
頃合いを見てレムは声をかける。
「よし、次はこの家の前から、同じ匂いが続いていないか調べる。お前はあっち、お前はそっち、お前はこっちの道だ。匂いが途切れたら戻って来い」
レムはハースの家の玄関の前から続く三方向の道をそれぞれ指さし、捜査官の進む方向を割り当てた。
捜査官たちは困惑しながらも、四つん這いになり、石畳を這うように進んでいく。
通行人たちが怪訝そうに立ち止まり、ひそひそと指を差す。
「なるほど……確かに、犬や狼などの獣人は匂いに敏感です。匂いの痕跡を辿っているんですね」
パンザロールが頷きながら、感嘆の声を上げる。
「その通りだ。目には見えなくても、匂いの痕跡ってのは雨でも降らなければ、一日ぐらいじゃ消えやしねえ。犬なら訓練が要るが、人間が犬並みの嗅覚を持てば……たどれるはずだ」
レムが横目でサダナを睨む。
サダナも負けじと目を細めて返す。
「おもしろいことを考えるゴーレムだな」
「吾が作ったのだぞ! 凄いだろう!」
ギリーが胸を張る。
レムとサダナは無言のまま、視線をぶつけ合う。
「ところで……獣人では駄目だったのか?」
「あん?」
レムが素っ頓狂な声をあげる。
「犬や狼の獣人並の嗅覚が欲しいなら、わざわざ人を獣人化しなくても、獣人の捜査官を連れてくればよかったのではないか?」
レムがパンザロールを見る。パンザロールが目をそむける。
「いるのか?獣人の奴」
「私も今、思い出しました」
「やれやれ、無駄に魔法を使わせおって」
ギリーがため息をつく。レムが驚愕の目でギリーを見る。
「お前さっき面白いって……!?」
「何をやるか先に言っておれば教えたわ!」
ギリーが杖でレムの頭をぽこんと殴った。
数分後。
二人の捜査官が戻ってきて首を振る。
ギリーが杖を一振りすると、犬の顔が人間の顔に戻る。
「こちらには子爵の匂いはありませんでした」
「こちらもです。すぐになくなりました」
二人の捜査官は次々と答えた。そのうちの一人の肩をパンザロールがつかむ。
「そんなバカな! 子爵の屋敷は、君の行った方向だぞ!」
「ほう……」
レムがサダナを見る。サダナは何も言わず、空を見上げている。
「もう一人は?」
レムが尋ねると、パンザロールはまだ帰らぬ捜査官の行った方向を見る。
「街の外れ……さびれた市場があるな」
「追おう」
「そこに何があるのだ?」
ギリーが、レムの肩の上で首をかしげる。
「さあ……だが、子爵はよくご存じのはずだ」
サダナの余裕をたたえた表情が、わずかに引きつるのをレムは見逃さなかった。
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