第18話 獣人の女①

ミナの家の室内は狭いが整頓されていた。古びた家具、ひびの入った陶器、壁際には薬草の束や針と糸。

貧しいながらも几帳面に暮らす人の生活の匂いが漂っている。

窓から射す光が、木の床の上に映っている。

ギリー、パンザロール、ミナがテーブルをはさんで座り、向かい合っている。

レムはギリーの後ろで、直に床に座っている。それでも目線はギリーより高く、パンザロールとほとんど同じだ。

サダナはパンザロールの部下の捜査官たちと外に待たせてある。通りの真ん中に鎮座する騎士の彫像の前だ。


ミナが湯気の立つポットを構え、慎ましやかにお茶をふるまう。湯気は淡く青白く光っている。

「ミナと申します」

ギリーはすぐにカップを手に取り、湯気をくぐらせて口をつける。そして感嘆の声を上げる。

「ほう、マンドラゴラのハーブティーとは……」

「まあ、おわかりになりますか?」

ミナは少し緊張のほぐれた笑いを浮かべた。ブルードラゴンの獣人とは聞いたが、顔のパーツの色形が違うだけで、表情は人間とそう変わらない。

パンザロールは茶に口をつけて苦そうな顔をしている。

ミナは丁寧に、土でできたゴーレムの前にもカップを置こうとする。が、レムは手をあげて辞する。

「俺はいい」

その拍子にカップが傾き、茶がこぼれてレムの腕にかかった。濡れたところの土がじわりと湿る。

「あら、申し訳ありません。これで拭いて……」

ミナはすぐ傍にあった白い小さな布を取り、レムに渡す。

レムをそれを受け取り腕を拭くが、だが珍しい茶は乾いた土の身体にすっかり吸収されたらしく、布は乾いたままだった。

それどころか、布はそのまま土の身体に吸い込まれていく。

「なんだこりゃ!?」

ギリーがあきれ顔でレムを振り向く。

「ゴーレムの特殊能力で、物を身体に取り込めるのだ。それにしてももったいない! 煎じるまで手間ひまかかるが、魔力回復に効果がある珍しい薬茶だぞ。まず市場には出ぬ」

「それを飲めねえ体にしといてよく言うよ」

「身体で飲んでいるではないか」

レムは呆れて言葉を返さない。

「自家製なんです……お褒め頂きうれしいですわ」

そういってミナは静かに席に着く。品のある所作だ。こうして貧しい住民たちにまぎれているには似つかわしくない。ただ獣人はビルディアでは少数派で、魔法捜査局にもほとんどいない。おそらく外国人のような存在なのだろう、とレムは考えを巡らせた。

「外にいる男のことは知っているな」

「はい……サダナ子爵です」

ミナは目を細めながらうつむいて話す。瞼の下に輝く金色の瞳。目だけは、人間と違って感情が読みにくいな、とレムは思った。

「一昨日の夜から昨日の昼にかけて、子爵と会ったか?」

ミナは一瞬、言葉を失い、手の中のカップが揺れる。

「魔法捜査局の方がなぜ……私のような獣人ふぜいと子爵様のことを?」

ギリーが得意げに胸を張る。

「それはな! 子爵の家がも……げふっ」

レムがフライパンのような大きな手でギリーの口―ほぼ顔全体―を素早く押さえた。

パンザロールがその様子を見て、軽く咳払いする。

「ある事件の捜査に必要な調べでして……正直に答えてくれますか?」

「何で吾に言わせない! 吾は一級魔法捜査官ぞ!」

「いいから、ここは黙ってろ」

ギリーがむすっと口をつぐむ。

ミナは目を伏せ、小さな声で話し出す。

「子爵様はあの日夜遅くにこの家を訪れ……昼になる前には出ていかれました」

「泊まっていったと……失礼ですが、子爵とはどういうご関係で?」

「週に一度ほど泊まっていかれます」

「愛妾か」

割って入ったギリーのひところに、パンザロールが飲みかけた紅茶を盛大に噴き出す。

レムは再びギリーの口を抑えにかかるが、ギリーも今度は首を傾けそれを除ける。

「ガキがなんでそんな言葉を知ってるんだ!?」

「愛人だの妾だの貴族の世界ではごろごろ転がっているわ! まーたガキ扱いしおって、貴様はまこと敬意が足りぬ!」

「言い方ってもんがあるだろうが!」

レムは特段ミナを軽くも、尊んでみてもいない。ただサダナの知人であり、重要な証言が引き出せるかもしれないから、彼女の機嫌を必要以上に損ねたくないだけだ。しかし目の前の魔女っ子は、何も考えずに口を開く。よほど拳骨でもくれてやりたい気分になった。

パンザロールが頭を抱え、深くため息をつく。

「あの、本当に失礼いたしました。それで……お答えは?」

「……子爵様にお聞きください」

ミナは小さく首を振り、うつむいたまま沈黙する。

パンザロールが唇を噛む。

レムはギリーを軽々と椅子から持ち上げる。

「うわっ」

そして顔を自分に近づけて低く囁く。

「何をする!?」

「なんであのミナって女は黙ってる? 愛人ってのはたいがい世間体が悪いだろうが……やけに頑なに見える」

「ま、人が獣人を愛妾にするのは珍しいからな。貴族となれば体面が悪いこともあるだろう」

ギリーの説明は、レムの想像していたビルディアでの獣人の扱いに概ね一致していた。

レムがギリーを椅子に戻しつつ、ミナに話しかける。

「ミナさんと言ったか。まあ、子爵に聞いてもいいんだが、こちらも事情があってね。もし正直に話さねえなら、子爵様は牢獄送りで犬の餌になっちまうかもしれねえ」

ミナが驚き、両手で口を覆う。紅茶のカップがカタカタと揺れる。

「そんな……子爵様に何が?」

「それは言えねえ。あんたが事情を知っちまうと、子爵に有利な証言を騙るかもしれねぇからな」

ギリーがハッとした顔をしてレムを振り返る。

「なるほど……そういう理由があったのか。なかなか計算高いやつだ」

(そういうことを、参考人の前で言うな……)

レムはよほど頭を抱えたくなったが、なんとか無表情を保つ。パンザロールは柔らかい物腰でミナに語りかける。

「あなたと子爵がどのような関係でも、内密にしますので……話していただけませんか」

(よほどパンザロールの方が手慣れてるな。だてにこの若さで薄くなってねえ)

パンザロールの寂し気な頭頂部を見ながらレムはミナをじっと観察する。

ミナはしばらく考え込み、ため息をつくと、話し始めた。

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