第15話 サダナ子爵①

捜査局の北側に石造りの静かなその部屋はあった。厚い扉の上部には小さな開き戸。

外の廊下で、レムとその肩に乗ったギリーが開き戸から中をのぞきこむ。

中ではパンザロールとサダナ子爵が木製の簡素なテーブルを挟んで向かい合っていた。

机の上にはウズボカズラのような形の魔法灯。ほのかな光が二人の顔を照らす。

取り調べをするにしても薄暗い部屋だ。昭和の刑事ドラマじゃあるまいし、とレムは思った。


パンザロールは手元に書類の束を置き、ペンを持ちながら言う。

「話してくださいませんか? 子爵殿下」

一方の子爵はパンザロールの存在を意にも介さないような態度で、落ち着き払っている。

がっしりとした体格だが、目には暗い光が宿っている。

「なぜ君に言う必要がある?」

微笑みが宿る。レムはその目と微笑みを見て、これまで出会った数々の犯罪者――そのほとんどは嘘をつき、最後には真相を吐かせた――を思い出した。

「あなたには殺人の疑いがかかってるんですよ?」

「疑いは疑いだろう。大審院がどう判断するか」

パンザロールが唇を噛み、黙りこむ。既にこんなやりとりが、朝から続いているらしい。もう太陽は空高く昇っている。

「大審院てのは?」

レムが小さな声で、肩に乗っているギリーに尋ねる。

「特に大きな罪を犯した人間や、貴族の犯罪などを審理するところだ。捜査局の調査結果をもとに、有罪か無罪かの判断を下す。今回は子爵夫人が殺されて、子爵が犯人だから大審院入りだな」

「まだ決まってねえ! ……ま、こっちにも裁判所みたいなのはあるんだな。しかし、サダナはずいぶん余裕だな」

「大審院は貴族にちと甘いからな」

レムは頭をかきながら、苦笑いをするパンザロールを見る。

「パンザロールはやっぱり苦労人だな」

レムは小さく笑い、取調室のドアを押す。

だが、目測を誤って――

ゴン!

レムの頭がドア枠にめり込む。

その勢いで肩の上のギリーの額もドアにぶつかった。

「あいdyゃっkぉ!」

「ん?」

ゴーレムは痛みを感じない。


数分後。おでこを押さえ、涙目のギリーが木製の椅子に座っている。

ケセとパサが慌てておでこにガーゼを当てている。

サダナ子爵を遠巻きに見つつ、レムとパンザロールは小声で話す。

「部下に調べさせたところ、サダナ子爵が一晩泊まっていたという友人の家ですが、実際には夜遅くに家を出たとの証言が得られました」

「ほう」

「屋敷の出火は深夜未明。サダナ子爵には十分に犯行が可能です。しかし子爵はそのことを言っても、自分ではない、他の場所にいたとしか言いません……どうしたものか」

「代わるぜ」

レムがパンザロールを押しのけて前に出る。

その巨体が近づき、サダナは目を見張る。

サダナの座っているテーブルの、パンザロールが座っていた木製の椅子にレムが腰を下ろした瞬間――

バキッ!!

レムの視界は急降下し、周囲には粉々に砕けた木片が散らばっていた。尻餅をついた状態でレムはぼやく。

「……くそが」

「ぎゃははは!」

ギリーが指をさして大笑いしている。レムがにらみ返したが、ギリーは一向に笑うのを止めなかった。


仕方なく床にあぐらをかいたレムの目線は、ちょうど椅子に座るサダナと同じ高さになった。

最初からこれで丁度よかったと思いつつ、レムはサダナの顔を見た。

やはり余裕をたたえた、どんな質問にも動じないという覚悟を感じる目だ。だが、覚悟は覚悟でしかない。それを揺さぶるのが刑事の仕事だ。

「サダナ子爵、友人の家を出て、昼に丸焼けになった家に帰るまで何をしていた?」

「ゴーレムか……よく喋るな。喋るだけで話をまともに聞いているのかわからんが」

「吾が作ったのだ。答えてやれ」

ギリーが横から割って入る。

サダナが目を細める。

「これはギリー殿が? なるほど、それなら納得です。しかしそれでもこのゴーレムの質問には答えられませんな。だって、リシェルの件とは何も関係がない」

子爵は大げさに両手を開いて見せた。

「関係ないかはこっちが決める。ギリー捜査官、この国では人殺しはどれぐらいの罪になる?」

「死刑だ。肉も霊魂もなんでも食べるクロジラ犬たちの棲息する野に、縛られて身一つで放り出される」

ギリーの脇に立っているパンザロールが補足する。

「事情を考慮して減刑されることはありますが……故意で悪質と判断されればそうですね」

「わかりやすいなあ。子爵、質問に答えないと犬の餌だとよ」

サダナは微動だにせず、手を組む。

「それは大審院の判断次第だな」

(なんだこの自信は……全く揺れを見せねえ)

レムは後ろを向き、パンザロールを呼んで耳打ちする。

「友人とやらの家を出てからの足取りはつかめてねえのか」

「捜査官数人に周囲を聞き取りさせているが、わかっていないな」

そこへ、ギリーが二人の間に顔を突っ込んでくる。

「吾を差し置いて何の話をしている?」

「邪魔すんな、魔女っ子」

「邪魔とはなんだ邪魔とは! 敬意が足りぬ!」

「お、落ち着いてください二人とも!」

ギリーとレムの言い合いを、パンザロールが慌ててなだめようとする。

三人の喧騒を、サダナは皮肉な笑みで見つめていた。

その様子を、レムは横目に観察する。

(殺人の疑いがかかるのは予想外だったはずだ。友人宅にいたというのも嘘だとバレた。犯人でなくても動揺するもんだぜ……サダナには、自分が犯人ではないと言い切るだけの根拠でもあるのか?)

レムが頭をかく。

「仕方ねえ。ひとまずは友人宅を出ていてから何をしていたか、明らかにしてやる」

「ほう、どうやって?」

サダナが苦笑する。

レムが突然立ち上がり、床が鳴る。

「その友人の家に案内しろ」

パンザロールにい放ち、そしてサダナを指差す。サダナの目がわずかに開いた。

「こいつも一緒にだ」

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