第14話 魔法捜査局②
局の奥まった廊下は人気がなく、空気がひんやりしている。
天井の梁には蜘蛛の巣が垂れ、壁のランプのいつ使ったのかわからない。
廊下の突き当たりに、一枚の木の扉。
ギリーとレムが立ち止まる。
扉には奇妙な文字が刻まれている。
(一級魔装捜査官ギリー・ヴァリドル……知らねぇ文字なのに読めるぜ……どういう理屈だ?)
ギリーが背伸びしてドアノブを回す。
軋む音。ドアが開く。
「さあ、ここが吾の部屋だ!」
窓の大きい部屋だった。
壁際には本棚とフラスコ、分厚い魔導書、乾いた薬草が並ぶ。
魔法陣の刻まれた円形の机が、窓際を陣取っている。
ギリーはその大きな机の奥の椅子に座り、深々と背を預けている。たぶん足をぶらぶらさせている。
椅子のサイズが明らかに合っていない。
レムはその前に立つ。
ケセとパサは部屋の中をせわしなく飛び回り、ギリーのためだろう、紅茶とお菓子を準備している。
毛の跳ねる音だけが静かな部屋に響く。
レムは重い口を開いた。
「さて、昨日のことで聞きたいことがある。あのネブリカ、あれはなんだ?」
「なんだ、とはなんのことだ?」
ケセとパサがティーカップを置く。
ギリーは湯気の立つカップを手に取り、優雅に口をつける。
「そのふざけた帽子だよ!」
レムがギリーの頭の上のネブリカを指差す。
「ネブリカか? これは月光蜘蛛というミニアの森に生息する貴重な蜘蛛の糸が、聖なるカイジャの日の朝露を浴びた瞬間だけ周囲の魂魄を吸い寄せ蜘蛛の巣にかける。このときの糸を霧の糸というのだがな、それを原料にして……」
ギリーの声が弾む。
レムの目の前で、指を動かしながら熱弁をふるう。
「――更にはマンタイ山で取れる音の鳴る黒い石、ノートル石を砕いて染料としてだな!」
(楽しそうにしゃべくりやがる……)
結局、ギリーが話し終わるまでレムは辛抱強く待った。
ひとしきり喋ったギリーは紅茶を再び、今度はゴクリと飲む。
「しかしせっかく作ったというのに、死者の魂を留めて話させるのは民の反発が根強くてな。死者を冒とくしているだのなんだの……ネブリカを捜査局が使うと民に言い訳するのが大変だと聞いていて、今まで止められていたのだ」
「なるほど……魔法世界にもそういう道徳だの倫理だのはあるんだな」
「魔法学の発展には邪魔なだけだ。魔法律には何も反していないのだからな」
レムの表情がわずかに変わる。
「……ちょっと待てよ。帽子に死者の魂を入れるのが冒涜だなんだってんなら、ゴーレムに死んだ俺の魂を入れるのもそうならないか?」
「うむ、だからこっそり作った」
レムが机に手を置き、身を乗り出す。
「おま……! そういえば、あのとき俺の口をふさいだのはそういうことか?」
「言ったろう? 別に魔法律には反しておらん。ただ魂を入れてゴーレムを作ったと知られると反対派が騒いで面倒なのだ。レム、貴様もバレると外を歩けなくなるから、他人に話すなよ。最悪の場合、拘束されて分解されるかも……」
(このガキャア……いけしゃあしゃあと…)
ギリーはケセが差し出したクッキーをつまみ、満足そうにかじる。
「とにかく、事件は解決したし、今日はゆっくりするがいい」
レムは腕を組み、少し考え込む。
「解決、ね……」
「なんだ、何か気になるのか?」
「サダナ子爵はパンザロールが取り調べてるんだろ? どこで?」
「さあな。その辺の捜査官でも捕まえて聞けばわかるだろう。なんだ、犯人の言い訳など聞いてもつまらんだけだぞ?」
「それはまだわからねえ」
レムは目を細める。
ギリーがティーカップを置き、机に手を置いて身を乗り出す。カップの中の紅茶が跳ねた。
「なんだと!? ふざけるな! ネブリカがそう言っただろうが!」
「ふん。死者の声が聞こえる? 確かにそれが本当なら捜査は楽だろう。しかし、俺は刑事だ。死人が『あいつが犯人だ』と言ったから犯人と決めるなんて、自白頼みの供述調書と同じだぜ」
「貴様、ネブリカの言うことが信用ならんというのか?」
ギリーは更に机に片足をかけて乗り出し、杖でレムを指す。
「死んでようが生きてようが、人の言うことだけを証拠にはできねえ。確証がなきゃいけねえ」
「確証とはなんだ?」
「証言を裏付ける、確かな証拠だ」
「それが捜査に必要だと、いうのか?」
「そうだ」
レムとギリーがにらみ合う。横ではケセとパサが右往左往している。
「そんなもの、どうやって手に入れる?」
「それを探すのが捜査なんだよ。俺には俺のやり方がある。お前は自分の言うことを聞くだけの木偶人形が欲しいのか? お前がわざわざ魂を選んで俺みたいな奴を助手に欲しがったのは、捜査をさせたいからじゃないのか?」
ギリーが言葉を失い、サムを指している杖を下げる。
「ぐっ……」
レムは一歩近づき、低く続ける。
「もっとも、あの帽子の死者の声を信じるなら……死体は恨みを抱えて死んだことになる。この事件はおそらく殺しだ。つまり、犯人がいる」
「やはり殺人事件か! 犯人は子爵だな!」
「喜ぶな! 子爵が犯人とは決まってねえと言ったろうが。有力な容疑者には違いねえが……いずれにせよ、犯人は必ず捕まえる」
その瞬間、レムの目の奥が赤黒く光る。
魂の色と同じ濁った炎のような輝きだと、ギリーは思った。
思わずその迫力に息をのむ。
「これは俺の事件だ。取り調べに行くぞ」
レムが身をひるがえし、ドアへと向かう。
「おい、待たんか!」
ギリーが机を飛び越え、その後を追った。
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