第12話 ネブリカ②
焦げた柱の影が長く地面を走る。
風が灰を舞い上げ、残り火のような赤い粒が時折光る。
捜査官たちが息を潜めて見守る中、パンザロールがギリーの元へ歩み寄る。
パンザロールは眉間に皺を寄せたまま、低く言う。
「……あれを使うんですか?」
ギリーはため息をつく。
「気は進まんのもわかるが、こういうときこそだ。殺人事件かはっきりさせねばなるまい?」
パンザロールは苦い顔をしたまま、薄くなった頭頂部をいじる。
「魔報紙の対応を考えないと……はあ」
レムは二人の会話を理解できず、呆然と見つめている。
ギリーは杖をケセに渡し、自分の黒い帽子を外す。
ファサッと栗色の長髪が肩から背に落ちる。
煙の中で、髪が光を反射してきらきら光る。
その帽子をレムに渡す。
「その帽子を死体の、胸の上あたりに持って行け」
「……何をするつもりだ?」
「死人の声を聞くと言っただろう! あ、死体に帽子をつけるなよ! 絶対にだ! その帽子は色が気に入っているのだ」
レムは戸惑いながらも、言われた通りに焼け跡へと歩み出す。
重い足音が灰を踏みしめる。
死体の胸の上に、そっと帽子をかざす。
ギリーが杖の先で帽子の位置を指示する。
「もう少しだけ下、うん、それでよい」
レムが帽子を静止させたのを見て、ギリーは目を閉じた。杖の先が淡く光る。
「エルネ・ファエ・ヴォクス・ネブリカ」
帽子の下で、空気がわずかに震える。
低い吸引音――まるで風穴が開いたような音。
死体の胸元から、白い靄のようなオーラがゆらめき立つ。
それが、まるで掃除機に吸われる埃のように、帽子へと吸い込まれていく。
「なんだこりゃ……?」
ぶおおおおお、と吸気音はさらに高まる。
周囲の灰が吹き飛んでいく。
スポンッという軽い音。
風が止んだ。
「もういいぞ」
レムは慎重に帽子を持ち上げ、ギリーへ返す。
「今のは一体……?」
ギリーは帽子を受け取り、胸の前で抱えた。
「この帽子は霧の帽子―"ネブリカ"ーといって、特殊な素材でできておってな。魔法道具なのだ。遺体にかざすことで死者の魂を吸い込むことができる」
「魂を、吸い込む……?」
「そして魂は、死者の声を発する……」
「さて……」
ギリーが耳を塞ぐ。
パンザロールも一歩後ずさり、息を飲む。
帽子が、かすかに震えている。その震えは徐々に大きくなる。
帽子の内側から空気が漏れるように、声がにじみ出た。男とも女とも、こども共老人ともつかない、しゃがれ声。
「……サダナ」
レムが目を見開く。
「サダナ……裏切り者め……騙したな……」
パンザロールたちがざわつき、サダナの方を見る。
サダナは顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
「は? ……私?」
再び、帽子の中から――
「サダナ! 裏切り者……裏切り者おおお……!」
サダナの声が裏返る。
「おい!なんのことだ!?私が何を裏切ったと……!?」
ギリーは腕を組み、サダナをにらむ。
「往生際が悪いな、子爵」
「ギリー殿、これは何かの間違いだ。なあ、リシェル、嘘だろう!?」
ギリーは杖をブンと降り、サダナを指す。
「話は捜査局で聞かせてもらおう。パンザロール!」
パンザロールが手を振る。二人の魔法捜査官がサダナの両腕を取り、逃げられぬよう拘束した。
「何をする! 私は子爵だぞ!」
「重大な容疑がかかっている場合は貴族といえども捕縛はまぬがれん。観念しろ!」
パンザロールは低い声でサダナに囁く。
「捜査局でお話を聞かせていただくだけですので……落ち着いてください」
青ざめたサダナが、魔法捜査局の馬車に乗せられていく。
灰の混じった風の中、レムは立ち尽くしていた。
ギリーがレムの方へくるりと振り向く。
頬に灰がついたまま、にこりと笑っている。
「どうだ? 見たか?」
「なに、を?」
「死者の……リシェル夫人の残っていた魂の声を呼び出し、ネブリカを通じて発したのだ。サダナを名指ししてくれるとは、上出来だったな!」
レムは顔を抑える。
「死者の声を呼び出して、犯人を名指しさせた、だと……?」
顏を抑える握力が強くなる。額にひびが入る。
「これにて一件落着!」
ギリーが杖をバトンのようにくるくる振り回し、自らも回転して、見せびらかすようなポーズをとる。
レムは前世で、課長が娘と行ってもらってきたという、魔法少女なんとかのグッズを思い出した。
最後にウィンク。ギリーの栗色の髪が、回転が止まってふわりとそよいだ。
レムは呆れ顔でその様子を見るしかなかった。
「そんなの、ありかよ……」
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