第10話 事件⑥

崩れた壁の隙間から、灰混じりの光が差し込んでいる。

地面には黒く焦げた瓦礫と、溶けかけた鉄鍋、ねじれた食器の破片。

レムは人の輪を離れ、炭化した床を踏みしめながら焼死体へ近づく。

足元の木片がミシ、と鈍い音を立てる。

「この現場……この死体……なんだ?」

死体の左手――煤の奥に、わずかな赤い光が見えた。

指輪。赤い宝石が、火の残光のようにかすかに輝いている。

レムはしゃがみ込み、焦げた指先をのぞき込む。

そのまま、近くに立っていた男の捜査官に声をかけた。

「おい、この指環は?」

捜査官はビクリと肩を震わせる。

「ひっ、ゴーレムがしゃべった……!」

「ギリーの……助手のレムだ。あいつが作ったんだ」

捜査官が横目でギリーを確認し、小声で呟く。

「へぇ、さすがヴァリドルの天才魔女っ子……」

(あのガキ、裏でそんな呼ばれ方してんのか)

レムが小さく笑うと、捜査官が慌てて言い足す。

「あ、今のギリー捜査官に言わないでくださいよ」

「わかったよ。で、この指環は?」

「リシェル夫人が結婚前から身に付けていた魔法具という話ですね。火魔法を使うときの媒介に使うもので、かなり年季が入ってます。親から代々伝えられたものでしょう」

「火魔法? 火を使う魔法ってことか……またわからねえ言葉だ。死体の身に付けていたのはリシェルの個人的な持ち物と……状況に矛盾はねえが……なにか引っかかる」

レムは立ち上がり、天を仰ぐ。

首を鳴らそうと手を当てる――しかし音はミシミシと、土が潰れる音しかしない。

そのとき、背後から声がした。

「なんだか面白そうな話をしているな?」

ギリーが、いつの間にか真後ろにいた。

死体を視界に入れようとせず、身体を傾けながら、レムを見上げている。の顔色はまだ少し青い。

「ギリー捜査官、サダナ子爵の聞き取りはどうした?」

「まだるっこしいから子爵によく言い聞かせて、パンザロールに任せてきた」

レムが振り向くと、遠くでサダナとパンザロールが話している。どうやらサダナは落ち着きを取り戻したようだ。

近くにいた捜査官の男が気まずそうに頭を下げ、そっと退散した。

「引っかかる、とは何のことだ?」

「ああ、死体のあった場所だよ」

ギリーが死体を見ないように無理な体勢をしているので、レムは仕方なく、ギリーを挟んで死体の反対方向に回り込んでやった。

「場所?」

ギリーは腰に手を当て、首をかしげる。

「リシェル夫人は、調理場で死んでいた。出火した夜中に使用人は誰も寄り付かねえ場所だというが、貴族の夫人ならなおさらだろう。なんでそんな場所にいた?」

ギリーは口に手を当てる。

「……お腹が減っていたのではないか?」

レムはじっとギリーを見る。真面目に言っているのか?という言葉を飲み込んだ。

「夜食の趣味があればそうだな。だが、それよりももっとおかしなことがある」

「もっとおかしなこと?」

「調理場には勝手口があった。もし料理を作っていて火が出たとしよう、ならすぐに外に出られたはずだ。逃げきれなくても、もっと出口に近い場所や、外で死んでたっておかしくない。そんな状況なら叫び声を出したかもしれない、だが使用人は気づかなかった」

ギリーは勝手口の焼け跡を振りむくと、再びレムを見た。

「ふむ……貴様は何が言いたい?」

「事故で焼死したとするなら……この現場はおかしい、ってこった」

「つまり、殺人事件か?」

ギリーの目がきらりと光る。

「喜ぶな。そうとは決まってねえ。その可能性もあるってこった。まあ、殺しかどうかは司法解剖すればはっきりするだろ」

ギリーがぽかんとした顔をする。

「シホウカイボウ……?」

レムは顔をしかめる。

「死体を解剖して死因を明らかにすることだよ」

ギリーも顔をしかめ、杖の柄を握り直す。

「そんなことができるのか? そもそも死体を解剖するなんて気味の悪いこと、ネクロマンサーでもせんぞ」

レムの目が険しくなる。眼に宿る光が震えた。

「……待て、魔法捜査局に鑑識はあるか? DNA鑑定ってわかるか?」

「カンシキ……ディーエヌエー……? さっきから何を言ってるんだ? 貴様の前世の言葉か?」

両手で頭を抱えたレムの膝が崩れ落ちた

「くそが……早く気づくべきだった。魔法の国には、科学捜査が無え!」

「カガク……ってなんだ?」

ギリーの質問にレムは答えない。レムの頭に生えている苔が、指先でむしり取られ風に舞っていった。

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