第8話 事件④
崩れた梁の隙間に、焦げた匂いがまだ残っている。
風が吹くたび、黒い灰がゆらゆらと舞い上がる。
地面の上に、一体の焼死体。
皮膚が焼けこげ、下の骨の凹凸が透けて見えている。
黒い煤にまみれ、指のは灰になりかけている。
その周囲を、数人の捜査官とパンザロールが囲んでいた。
誰もが口元を布や手で覆っている。
その少し後方から、箒に乗ったギリーが覗き込む。
続いて、レムが覗き込む。ひときわ高い身長がこのときばかりは役に立った。
「顔もわからねえ。ひでえもんだ」
レムが呟いた瞬間、パンザロールが振り向く。
「出火は調理場からの線が濃厚でし。屋敷の北西の端にある。死体もそこで見つかりました」
「調理場だと?」
「夜は誰も近寄らない場所です。使用人たちが気付かなかったのも無理はないですね」
レムは周囲を見回す。
瓦礫の中に、燃え落ちた扉の石枠が残っていた。
焦げた跡の中に、鉄の取っ手が黒く曲がっている。
「あの取っ手は?」
「調理場には勝手口があったと聞いています」
「なるほど。で、この死体はリシェル夫人だって確認はとれたのか?」
「その検分はこれから……ああ!」
パンザロールの視線が、レムの肩越しにその上を見て、震えていた。
レムもつられて振り返り、視線の先を見上げた。
ギリーが、箒の上で顔を押さえていた。
唇が震え、目は見開かれたまま真っ青になっている。
喉の奥からうめき声が漏れた。
「ううう……」
先に体が動いていた。その巨大な手が、ギリーの胴体を薙ぎ払うように掴む。
「バカ野郎!!」
レムはギリーの小さな体を、草むらへ投げ込むように運んで行った。
箒が地面に落ちる音が聞こえる。
ギリーの顏を下に向けて体を下ろすと、次の瞬間、少女は胃の奥から込み上げたものを一気に吐き出した。
「げえlkのかおおおぉおんbsgf」
「ふう……仏さんに吐かなくてよかったぜ」
レムは胸をなでおろしたが、ギリーの嗚咽が止まらない。
小さな背中を、ケセとパサが心配そうにさする。
「ほら、全部吐け。おいケセ、水くんでこい。パサはそうだな、顔を拭く布でももってこい」
レムの指示に、ケセとパサが驚きながらも飛び去る。
風が通り抜け、草が一瞬揺らめく。ギリーから発される嗚咽の音は断続的に、少しずつその間隔を長くしていった。
レムはギリーの背を軽く叩きながら思う。
(このガキ……まさか焼死体を見るのは初めてか? あれだけ殺人事件だなんだと意気まいてたのに)
ギリーは涙目で、口元から涎を垂らし、うつむいたまま震えていた。
「出るもんは出たか」
レムが問いかけると、ケセとパサが戻ってくる。水差しと、白い手ぬぐいを持って。
レムがまず水差しを受け取る。
「ほれ、口ゆすげ」
半目のギリーを片手で支え、もう片方で水差しを傾けて水を与えてやる。
ギリーはせき込みながら水を吐き出した。
「ぐほっ!」
「そうだ、ほら、もう一回。喉の奥も洗っとけよ」
レムは次に手ぬぐいを受け取り、ギリーの口元を拭ってやる。
灰が頬についていたのか、白い布は灰色の汚れもついてきた。
ギリーは息を荒くしつつも、ゆっくりと立ち上がった。ケセとパサが周りを心配そうに飛び回る。
「もう平気だ……ちょっと、匂いで気持ち悪くなっただけ……」
「ちょっと?」
「死体の匂いだと思うと、急に……。お前こそなぜ平気なんだ? オエッ」
再び口を布で押さえるギリー。布の端が震えている。
「俺は見慣れてるからなあ。ほれ、一応は役に立ちましたぜ、捜査官が現場を荒らす二度目の失態を防いだ」
レムがニヤリと笑う。
その声にギリーが顔を赤くし、布を投げつけた。
「うるさいうるさい! 貴様、やはり敬意が足りぬ!」
「お前には経験が足りない」
布がレムの胸に当たって落ちる。
「戻るぞ」
杖の先が光り、レムの体から蔦が伸びる。
それがギリーの腰を掴み、ひょいとレムの肩の上に持ち上げた。
「なっ! なんだこりゃ」
「ほれ、行け。箒が向こうに置きっぱなしなので、代わりにしてやる」
「お前、調子が悪くて歩けないのか?」
「ほれ、出発!」
ギリーが前を指さす。帽子のリボンが揺れた。。
「助手ってのは乗り物にもなるのかよ。くそが」
レムは肩をすくめ、重い足音を鳴らして歩き出した。
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