第6話 事件②

事件②

パンザロールはレムとギリーを交互に見ながら答える。

「焼けたのは、この近辺の領主、サダナ子爵の屋敷です。昨晩の遅くに出火し、消火も追いつかず全焼。鎮火したのは昼過ぎで」

「それにしても、まったくひどい匂いだ。焦げ臭くて胃がムカムカする」

ギリーが鼻を手で抑えながら答える。

レムは、匂いを全く感じないことに思い至る。それが捜査にとって良い事か悪い事かをまず考えた。根っからの刑事であった。

さらに炭になった木片を拾い上げ、その中で赤く燻る部分に触れる。

(触った感触はあるが、熱さは感じねえ……犯人にやられる心配はなくなったなら、よしとしておくか)

前世の苦い記憶が一瞬よみがえる。犯人を逮捕直前で背後から近づいた共犯者に殴り殺される。きっと奴らは取り逃がしてしまったのだろう。

レムは木片を強く義握りしめる。手の中でそれは炭の粉に変わった。

パンザロールは話を続ける。

「逃げた使用人の話から、サダナ子爵の妻のリシェル夫人が行方不明なのはこの時点でわかっていましたので、すぐに捜索にあたりました。すると瓦礫の中に焼死体らしきものが見つかったのです」

「殺人事件だな!」

ギリーが目を輝かせて言う。

「決まってねえだろ!」

思わずレムがツッコむ。パンザロールがびくっとしてレムを見た。

(……このガキ、見込み捜査とかのレベルじゃねえ……魔法の力はともかく、捜査に関しては現場に来てはしゃいでる、夢見がちのクソガキだ!)

ギリーはレムを見上げて眉間に皺を寄せた。

「なんだその口の利き方は! 吾は貴様の造物主だぞ! 敬意が足りぬ!」

そして杖を振り回す。レムがその杖をがしっと掴んで止める。

「いいかガキ」

レムの顏に驚きの表情が浮かぶ。

「が、ガキ!?」

「俺の事件を荒らすなら造物主だろうが上司だろうが許さねえ。覚えとけ」

「いつお前の事件になったのだ!?」

パンザロールが顔を引きつらせ、周囲の捜査官たちがそっと後ずさる。

「あの……ケンカはやめ……しかしすごいな、ギリー捜査官に逆らうなんて、このゴーレムは」

「俺は人間だよ! このクソガキが魂を……」

パンザロールにレムが注意を取られた瞬間、ギリーが素早く杖を振った。杖の先の金細工の光が軌跡を残す。

するとレムの体中から蔓が一斉に伸び、あっという間に口を塞ぎ、手足を縛る。

レムはなすすべもなく、バランスを崩してその場に倒れる。

「むぐっ!」

地面が鳴動する。灰が舞い、近くの捜査官が口を覆う。

「吾をガキ呼ばわりしおって敬意が足らぬわ。逆らうならいつでも動けんようにしてやる。わかったなレム」

ギリーはふんと鼻息を荒くし、杖を床でトンと鳴らす。

蔓がするすると戻る。レムが片膝をついて起き上がる。

「くそが、忘れてたぜ……この蔓」

パンザロールが控えめに咳払いする。

「あの、いいでしょうか」

ギリーは満足そうに頷く。

「続けよ」

「というわけでリシェル夫人のものと思われる焼死体を見つけ、瓦礫に埋まった状態でしたので、今それを取り除いておりまして……」

パンザロールが瓦礫の塊を指さす。

二人の捜査官が杖を振りながら、瓦礫を少しずつ持ち上げている。空飛ぶ箒と同じく、物を浮遊させ移動させる魔法なのだろうか。

「なるほど! しかしちと遅いな、まかせよ!」

杖を構えたギリーが呪文を唱え、空中に円を描く。

次の瞬間――

「うわあ!」

瓦礫もろとも二人の捜査官が宙に浮かび、ごうっと風を巻いて近くの芝地へと吹き飛ぶ。

ドサッという音とともに土煙が上がった。

パンザロールが頭を抱え、「ああ……」という声と共にため息をつく。

レムは反射的に声を荒げていた。

「何やってんだ! 証拠が瓦礫にも残ってるかもしれねえだろうが! 捜査官が現場荒らすんじゃねえ!!」

ギリーがきょとんとした顔をする。パンザロールは一転して目を輝かせ、その後また怯えた顔を見せる。

またレムがギリーに制裁を加えられると思ったのだろう。

ところが――

「なんだ、だめなのか? この方が早いと思ったが」

ギリーは眉をしかめ、レムの顔を見上げるだけだった。

「ああ、だめだ。パンザロール、そうなんだろ?」

「あ、そうですね……確かに瓦礫を後で調べるために、慎重にどかすよう指示をしていました」

「ふーむ……ならば言ってくれればよかったのに」

ギリーが唇に指を当て、気まずそうに視線を泳がせた。

レムはその表情を見て、ふと思う。

(もしかしてこのクソガキ、捜査に関してはずぶの素人じゃねえか? このパンザロールって奴は、少なくとも叩き上げの匂いがするのに。なぜ素人が現場にしゃしゃり出る? なぜ誰もこのガキに捜査のいろはを教えない?)


ギリーは箒にまたがり、ふわりと浮いて現場を周回するように飛び始める。

パンザロールがそっと近づき、レムの肩を叩く。小さな声でささやく。

「レム、なかなか言うじゃないか。彼女がゴーレムなんて連れてきたときはどうなることかと思ったが……その調子で頼むよ……」

パンザロールが去っていく。

灰が舞い、静かな風が流れる。レムはしばし、立ち尽くしていた。

「待てよ。俺の仕事は……あの魔女クソガキのお守りか? おいおい、冗談じゃねえぞ!」

近くの瓦礫を蹴り飛ばしかけ、ふと手を止める。

「くそ、この身体じゃうっかり証拠を壊しかねん」

焦げた木の匂いの中、レムの影が、巨大な影を地面につけていた。

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