第5話 事件①
濃い煙の匂いが、まだ森の湿った空気に残っていた。
焼けた木の香と灰が混じり、どこか金属の味を含んでいる。
森の奥、広い庭園の真ん中に、屋敷の焼け跡があった。
白い石造りの屋敷は黒く崩れ、壁は半分以上が倒壊。立ち上る煙の中を、灰が雪のように舞っている。
その上空。二つの影――箒にまたがるギリーと、蔓で無理やり括りつけられたレムの巨体が、森の木々を抜けて現れる。
ギリーが屋敷跡を見下ろす。その視線の先には、捜査官たちの群れ。
黒衣に帽子をかぶった魔法捜査官たちが瓦礫の周りを歩き回っていた。
「一番乗りを逃した。急がねば」
ギリーが箒を滑らせ、ゆるやかに地面へ降りていく。
レムの身体から蔦がほどけ、重い音を立てて地に降りた。
「うお、戻った」
レムはそのまま地面にめり込み、灰と土埃が舞い上がる。
近くの捜査官たちがその音と埃、そしてギリーに気づき、ざわめいた。
黒衣の裾を強く握る者もいれば、帽子を深くかぶり直し顔を隠す者もいる。
「……来たぞ、魔女っ子が」
「離れろ、何を命令されるかわかったもんじゃない」
普通の人間ならばまず聞こえなかったであろう、遠くの魔法捜査官のささやきを耳にし、レムは――ゴーレムってのは耳もいいのか――と思った。
怯えたような空気の中、ギリーは地上スレスレで箒を止める。そのまま地上すれすれに浮きながら滑るように前進する。
一方、レムはギリーの後をついてく。足跡がひとつごとに地面を震わせ、灰が足元に煙のように立った。
(目線は高ぇし体は重いし……やっぱ慣れねえな)
ギリーは黒衣の捜査官たちの間を抜け、中心で指揮をとっている男に声をかけた。
「やあ! パンザロール二級捜査官! 丸焼けだな!」
振り向いた男は精悍な顔立ちで、30歳前後に見えるが、頭頂部だけがすこし薄い。
びくりと肩を揺らし、はりついた笑顔でパンザロールは答える。
「これはこれはギリー殿。今日はどうしてこちらに?」
「事件の捜査に決まっておろうが。重大事件ゆえ、貴様たちでは手に負えんと思って吾もやってきたのだ。さあさあ、皆で真実を明らかにするぞ!」
ギリーは上機嫌に、とんがり帽子の先を揺らしている。
パンザロールは愛想笑いを浮かべたまま、手を擦り合わせる。
「それはご配慮痛み入ります。しかし一級捜査官のお手を煩わせるほどとは……」
「遠慮しなくてもよいぞ!」
ギリーは箒から軽やかに降り、杖を地面にドンと突く。
灰が舞い上がり、パンザロールが一歩引いた。
その様子をレムは少し離れたところから見ていた。
(どうにかお帰り願いたいって顔だなこの若いやつ。二級っつってたから、役職はクソガキの方が上ってことか。この世界の捜査局ってのは、つまり警察みてぇなもんなんだろうが……こんなクソガキにへこへこしなきゃいけねえ苦労が髪に出てらぁ)
ふとパンザロールがレムに気づき、見上げる。目が合った。
「ゴーレムですか……」
「吾の助手だ。覚えておけ。ほれ、挨拶せんか」
「ああ、レムだ……よろしくな」
パンザロールが目を丸くする。
「しゃ、しゃべった!? ゴーレムが」
「ん? それは普通のことじゃねぇのか」
「意思が通じている……ゴーレムは人の命令を聞くだけの土人形のはずなのに……どうやっているのですか?」
パンザロールは動揺を隠そうともせず、ギリーに目をやった。
ギリーが鼻を鳴らし、胸を張る。
「より良い捜査のために助手が欲しくてなってな、作った。悪いが作り方は秘密だ。ヴァリドル家の秘法を用いているのでな」
パンザロールが感極まったように、ギリーに膝をつく。
「なんと、ギリー殿はまたしても凡百の魔法使いにできないことを成されたのですな。ビルディア史に残る偉業です」
その様子をレムは眺める。
(さっき聞いたなそれ……まじでこのクソガキ、魔法の力は凄いってことか)
パンザロールは顔を上げ言った。
「ギリー殿が作った助手ならさぞ優秀でしょうな」
「ふふん。まあ、期待したまえ」
レムはそのやり取りを見ながら首を右に左に傾ける。人間の時はこうしてポキポキと首を鳴らすのが癖だったが、今はミシッミシッと土が潰れる音がするだけだった。
(結局、このクソガキの助手をするのか……くそが……しかし……)
レムが全焼した屋敷を見渡す。
黒焦げの梁、焼け落ちた階段。
焦げ跡の奥に、まだ煙がくすぶっている。
ゴーレムの目が鋭く光る。
「状況は?」
パンザロールが一瞬たじろぐ。
ギリーが振り返り、にやりと笑う。
「おっ、やる気ではないか」
「目の前に現場があるなら見過ごせねえ」
レムはまた首をミシミシと鳴らした。
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