第4話 少女とゴーレム②

レムが木々の間を歩く。

足跡が土を押し固め、振動で小石が転がる。

ぎこちない動きだ。まだ走るとよろけてしまう。新しい身体を試しながら歩いている。

ギリーが腕を組んで見守っている。

その後ろには、お城のような大きな屋敷。そして四方を森に囲まれている。

ギリー以外の人間を見ることはない。彼女の身の回りの世話は白と茶色の毛玉――ケセとパサというらしい、がせっせとやっている。

結局レムは、どこにも行く当てのないこの世界で、ゴーレムの身体に慣れる練習をしている。

納得したわけではない。ただ、そうしろと言われたからしているだけだ。


練習の効果は日に日に現れた。最初は立つことすらままならなかったが、やがてしっかりと地を踏めるようになる。

試しに木を押すと、幹がぐらりと揺れ、最後にはメキメキと音を立てて倒れた。

「なんちゅう力だ……俺は化け物になっちまったのか」

「化け物というな! ゴーレムだ」

「変わらねえ気がするが」

蝶の群れがギリーのまわりを舞い、鱗粉のような文字が宙に浮かぶ。

「ほう!」

ギリーの身体が跳ねた。帽子からのぞく栗色の髪がふわりと揺れる。

「殺人事件か! レム、いよいよ仕事だぞ」

「仕事? 殺人事件?」

ケセとパサが白い箒を運んでくる。

ギリーが軽やかにまたがり、片手で杖を振る。

その瞬間、レムの体から蔓のような植物が伸び、箒の柄に巻きついた。

「おい!なんだこれ? 動けねえぞ! クソガキ!」

「貴様敬意が足りぬな。口のきき方に気をつけろよ。貴様を作ったのは吾で、いつでもただの土人形に戻せるのだからな」

「……土人形に戻ったら、俺の魂はどうなる」

「ヨゥムに還ることになる。今度こそ完全な死だ。その方が良いのか?」

「日本……俺が元居た世界には戻れねぇのか?」

「一つ重要なことを言っておくぞ」

ギリーは目を閉じ、深く息を吸う。

杖の先に光が灯った。

「貴様はもう、死んでいる」

その言葉と同時に、周囲の木々は突風に吹かれて折れんばかりに傾いた。

ギリーの帽子のリボンや栗色の髪が激しく揺れ、箒とともに一気に空へ飛び出す。

レムは引っ張られ、そのまま空中へ飛んだ。


森の上空。頭が逆さまのまま、レムは木々の間をすり抜けていく。

「うわあああああ! おい止まれ、クソガキ!」

「ギリー、な」

「聞いてねえのか! このガキ……」

「ギ・リ・ー」

振り返って、にらみつけるギリー。

レムは観念したようにため息をつく。

「ギリーさんよ……俺は元に戻れねえのか……?」

「いかに吾が魔法をもってしても蘇生はできぬ。蘇生は禁忌であるからな、捜査官が罪を犯すわけにはいかん」

「ゴーレムか死ぬかの二択なのかよ……」

蔦に巻かれていなければ、頭を抱えたい気分だ。

「ヨゥムに還る魂をゴーレムに定着させただけでも凄い事なのだ! ビルディア史に残る偉業だぞ!」

「ビルディア史とか知るか! さっきも言ってたな、魔法都市? そんな絵本とかゲームの中の……」

言いかけたとき、森を抜けると、視界が一気に開けた。

眼下に広がるのは、無数の塔と橋、空に浮かぶ光る管。

街の外には畑と川、そして遠くには青々とした山脈。

箒や絨毯が空を飛び交い、獣人や鎧の兵が通りを行き交っているのが見える。

光る魔導灯が道を縫い、巨大な塔の尖塔がを照らして輝いている。

「なんだよ……ここは」

「だからビルディアだ。その人口はおよそ十万人。見渡す限りは領土だぞ」

「俺は悪い夢を見てるんだ……くそが」

「夢魔はゴーレムには取りつかないから安心しろ。それにゴーレムは糞はしないぞ」

遠くに尖塔が並ぶ荘厳な建物が見える。

「あれが魔法治安局の庁舎だ。案内してやりたいところだが、今は事件が先。捜査官たるもの、現場には一番乗りせねばな!」

ギリーが笑い、箒がさらに速度を上げた。

風が渦巻き、レムの身体の苔が、少しだけ風に散った。

レムはこれが夢であってくれと願い、目を閉じた。だが体に感じる振動は、本物のそれだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る