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「今日までありがとう。」
八神さんが言った。
今日が彼氏のフリをする最終日だった。
航輝さんの生配信イベントがある金曜日だったので、僕の家に一緒にいる。
「短かったくらいです。配信、始まりますよ」
僕は全然苦じゃなかった。あっという間だった。
もっと一緒に居たい。
照れるように配信の航輝さんへと意識を向けた。
「今日はいいんだ。…牧口君と話しようと思ったから」
「い、いいんですか」
戸惑ってしまった。声が裏返った。
気持ちは溢れているけれど、向けられるのには慣れてない。
時間は18時半。
コートもカバンもそのままに、腰を降ろさないまま話す。
「牧口君は、まだ私の事…その、好きと思ってくれてますか?」
「はい」
即答出来る。
「…ありがとう。」
八神さんが大きい深呼吸をする。
「フリじゃなくて、このまま彼氏に…なってくれたら嬉しい」
「な、も、もちろんです」
八神さんは小さくよかった、と言って笑った。
「僕でいいんですか。」
「ダメな理由がもうなくなっちゃった。そもそもフリとは言えお迎え来てもらったり負担かけちゃったし」
「負担じゃないです全然。好きだから…好きでやってることでした。」
「牧口君の、そのまっすぐな所すごくいいよね。」
本当に僕でいいのかな。
罪悪感で付き合うって言ってくれてるのかな。
「牧口君、ハグしてもいい?」
「はいっ」
八神さんが僕の胸の中へ来て、腕は背中に、髪は鼻の下でいい匂いを連れてやってきた。
ハグなんて自分からたくさんしてきたのに、心臓の音が大きくなるなんて。
まだ自分にこういうトキメキみたいな部分があることに驚く。
「…私、結構緊張してる」
「僕もです。」
「しちゃうよね、もうそういうの落ち着いた歳かと思ってたのに」
僕も八神さんを抱きしめる。
「緊張してくれて嬉しいです。哀れだから付き合ってくれてるのかとも、ちょっと思ってしまって」
「そんな事ない!でも、そう思わせてごめん。」
抱きしめられてた腕の力が緩む。
八神さんが僕の顔を見上げる。
「牧口君は…私でいいの?」
「八神さんがいいです。」
「…僕は気も利かないし女性を喜ばす言葉も、デートスポットも知らないです。」
「女性を喜ばすキスだけ知ってるじゃん」
「それは過去…の功績というか…経験というか、それしか知らなくて」
「素直で上手なキスが出来るってすごい事だと思うけどね」
「八神さんは…キスで喜んでくれて上手だと思ってくれてたんですね」
八神さんの顔が赤くなった。
「そう…です…」
もう無理。
僕は八神さんへキスをした。
2秒くらいして唇を離された。
「待って待って!まだ言ってない事ある」
「何ですか?」
僕は八神さんの頬に手を当てる。
「牧口君のこと…1番好きだよって」
僕はもう止まらない。
唇を沢山味わって、舌も絡めて、鼻息を荒くして八神さんの全てを食べる。
八神さんも理解して食べられる体制を整えている。
何度も名前を呼ばれ、何度も名前を呼んだ。
嬌声も、涙目も、赤い耳も、濡れた肌も。
幸せな気持ちになって途中で泣きそうになった。
時間は20時を過ぎていた。
「航輝さんの配信、終わっちゃいましたね」
ベットで横になりながらスマホで時間を見た。
「そうだね」
隣で横になってる八神さんはぐったりしていた。
「牧口君、今までどんな経験したらこのレベルまで…」
「すいません、やりたいことやってしまいました。大丈夫ですか?痛くなかったですか…?」
乱れた髪、落ちた口紅。それでも変わらず可愛いと思うし、好きだと言う気持ちもブレない。
ただ、自分のやり方に自信は持てない。
女性の身体はきっと負担も違うだろう。
「大丈夫だよ。…気持ち良かったし…」
八神さんの一言で急に何にも考えられなくなった。
「夢かも」
それしか言えなくなった。
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