理由
眼鏡姿は初めて見たけど変わらず可愛い。
僕の気持ちとは裏腹に、八神さんが掴む手の力は強く、僕の腕にのった。
「タクシー、乗りません?」
八神さんに耳打ちした。
2回小さく頷く八神さん。
先程僕を連れて来てくれたタクシーに乗り込んだ。
八神さんは俯いたままでいるので、
「僕の家でいいですか?」と確認をとってから運転手に家まで戻ってもらった。
タクシー内で八神さんは一言
「ごめんね」とだけ言って後は喋らなかった。
聞きたいことや伝えたい事は色々あったが、今は言うべきではないな。
タクシーは静かなまま家に到着した。
八神さんを先に家に入れて、一応知らない人や車が無いか周りを見渡してから家に入って鍵を閉めた。
車は自信が無いが怪しい人は居なかった。
八神さんは靴を脱いで廊下で立ち尽くしていた。
「良かったら部屋で座っててください。安全です。大丈夫ですよ」
「……うん」
いつもより小さく感じる八神さんを、本当はすぐに抱きしめたかった。
でも自分は八神さんにとって安全出来る立ち位置に居るかと言われたら微妙だ。
こんな時に…
そもそも会う度キスすると宣言した男だ。
安全なわけないよな。安全ですとか言っちゃったけど。
気がきくお茶とかさりげないお菓子とか、そんなもの僕の家にはなかった。
未開封のペットボトルのお茶があったから、コンロで鍋に入れて沸かした。
コップも奥にあった昔一番くじで当たって使ってないキャラクターのものがあった。
沸かしてる間に急いで洗って綺麗にティッシュで拭いて、沸いたお茶を注いだ。
「あったかいお茶作ったので…よかったら…」
「ありがとう。いただきます」
僕は温かい飲み物は飲まない。
でも寒くなって来たし、今度からティーパックのお茶を買ってもいいかもしれない。
八神さんはお茶を飲み、ふぅとひと息ついた後、
「気持ち悪い話になるけど聞いてくれる?」
「虫とか出て来なければ大丈夫です」
「人間のきもい話だから大丈夫。前にマドレーヌ一緒に作った時に話した、昔好きだった…グラタンさんの話。」
元カレ、にもならなかった片思いして振られたグラタンさん。もちろん覚えてる。
「あのグラタンさん、元々私の会社の取引先というかお客様だったんだよね。そういう出会いで、別れはグラタンさんの転勤。正直振られてからも会社に行けば会うこともあったの辛かったから、内心もう会わなくて済むと思って喜んだの。もう7年くらい前なんじゃないかな」
思ったより前の話だった。
「だけど、2日前くらいに出張でこっちに戻って来て、2週間くらい滞在することになりました。」
昔話を読むような話し方で続ける。
「そしてあろうことか私に連絡が来ました。ご飯行かない?って」
「行ったんですか?」合いの手を入れる。
八神さんは首を振った。
「八神さんはね、今更何だこいつと思いました」
僕は拍手をする。
「確実に断るために、しかも会社として角が立たないように、彼氏が出来たので2人きりでは行けません!と答えました」
「彼氏…」
「彼氏は嘘だけど。これはつまり『もうあなたの事はどうも思ってないから連絡しないでほしい』という強い意志を込めて返事をしました」
よかった。とりあえず本当にグラタンさんのことは過去になってる。
「すると…ですね…」
八神さんは一度お茶を啜る。
そしてスマホを取り出してメッセージを確認する。
「…『寂しい思いさせてごめんね、そんな嘘は嫌味に感じるよ。』と来ました」
「えっ?」
「私も意味がわからないのですが続けます。…『僕が転勤したから心の穴を他人で埋めてたんだね。こっちにいる間は僕が埋めるから安心して』…これ原文です」
「ちょっと…ん?意味がわかりません」
「そう。意味がわからないメッセージが今日で3日届くようになり、今日はなんと会社の前で私が終わるのを待っていたのです!怖いですねー」
「こわっ!」
思わず叫んでしまった。鳥肌が立った。
「こういうのロミオメールって言うんだって。ロミオとジュリエットのロミオになりきって、愛しのジュリエットに勘違いアタックする男」
「うわぁ、警察行きました?」
「流石にキモさだけでは逮捕出来ないけど待ち伏せはめちゃくちゃ怖かった」
「そうですよね…話通じない相手が待ち伏せですもんね…」
「メッセージも無視してたら『彼氏という名の他人に監禁されてるんだね、僕が助けるよ』とか来たし」
全身鳥肌が立った。
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