第16話 ショットガン

​ 凍えるような風が吹き荒れる群馬の冬、スバル工場の一角にある喫煙所で、彼は冷え切った缶コーヒーを握りしめていた。数日前の派遣切り通告が、まだ耳の奥で木霊している。家族のために、この土地で必死に働いてきた。それなのに、あっさり切り捨てられる。彼の目には、いつも活気に満ちた工場のラインが、まるで自分を嘲笑うかのように映った。

​「すいません、もう契約更新はできませんので」

​ あの事務的な声が、何度も頭の中で繰り返される。彼の心には、これまで積み上げてきたものが、一瞬にして崩れ去るような絶望が広がっていた。そして、その絶望は、やがて燃え盛る怒りへと変わっていった。

​ その日の夜、彼は自宅の物置の奥から、錆びついたショットガンを取り出した。かつて、狩猟を趣味としていた父親の遺品だ。手入れもされずに放置されていたそれは、彼の心の荒廃を映し出すかのように、薄暗い物置の中でひっそりと横たわっていた。重い銃身を手に取ると、ずっしりとした感触が彼の掌に伝わる。弾薬ケースを開けると、鈍い光を放つ散弾が目に飛び込んできた。

​ 翌朝、彼はいつもの作業着に身を包み、スバル工場へと向かった。しかし、彼のバッグの中には、見慣れないものが隠されていた。工場に到着すると、彼は人気のない非常階段を使い、管理棟の最上階を目指した。心臓が激しく鼓動する。しかし、彼の表情は、まるで感情を失ったかのように無機質だった。

​ 社長室の前に立つと、彼は深呼吸をした。そして、隠し持っていたショットガンを取り出し、無機質なドアに向かって構えた。轟音と共にドアが吹き飛び、中から悲鳴が聞こえる。彼の目に映ったのは、混乱する役員たちの姿だった。彼はゆっくりと室内へと足を踏み入れる。その手には、まるで彼の怒りを具現化したかのように、黒光りするショットガンが握られていた。

​ 彼の心の中には、長年抑えつけてきた感情が、今、堰を切ったように溢れ出していた。群馬の空に、再び轟音が響き渡った。

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