第13話 交錯
静岡署から東京へ――湊の移送が報じられた夜。
国道沿いに停められた護送車の周囲には、警官たちが二重三重に配置されていた。
報道陣を装った警官、遠巻きに眺める村人、ただの野次馬。
人々のざわめきが、夜気を震わせていた。
その中心、奏と湊は固い表情で立っていた。
この一瞬のために、すべてを仕組んできた。
――颯斗を誘い出すために。
ライトに照らされた護送車のドアが開く。
湊を模した人影が警官に囲まれ姿を現す。
その瞬間、闇を切り裂くように甲高い叫びが響いた。
「湊ぉぉぉぉ――っ!!」
声と同時に、影が地を蹴った。
颯斗だった。
目は血走り、刃を握った右手が光を弾く。
夜気の冷たさを切り裂き、一直線に湊へ
――否、“湊だと信じている影”へと飛びかかった。
「来た……!」
奏は息を呑む。
湊は奥歯を噛み締めた。
警官が盾を構え、複数で颯斗を取り囲む。
だが颯斗の動きは異様だった。
正確な体術ではない。
むしろ粗暴で荒い。
だが憎悪と執念に裏打ちされた動きは、警官たちの動きを一瞬遅らせる。
刃が閃き、盾に火花が散る。
体当たりするように突進し、警官を二人弾き飛ばす。
「下がれ!」
怒号が響くが、颯斗は止まらない。
もはや一人の人間というより、怒りと憎悪そのものが肉体を得て暴れているようだった。
奏は足を踏み出しかけ、すぐに湊に腕を掴まれる。
「行くな! 今は警官に任せろ!」
「でも……!」
視線の先で、颯斗が牙を剥きながら吠える。
「全部……全部お前らのせいだ!お前らのせいで俺は全てを奪われた!!」
警官三人が体ごと颯斗にぶつかり、地面に押し倒そうとする。
だが颯斗は獣のように暴れ、膝蹴りを叩き込み、一瞬その拘束を振り解いた。
立ち上がりざまに刃を振るい、制服の肩口を裂く。
鮮血が夜に飛び散り、周囲がどよめく。
「殺してやる! 湊も、奏も――お前らさえいなけりゃ!」
怒号と呻き声が交錯する。
警官が警棒で颯斗の腕を狙うが、寸前でかわされ、逆に組み伏せられかける。
その目は狂気に染まりながらも、妙に澄んでいた。
――奪われたものを、取り返す。
その執念だけが彼を動かしていた。
だが数の差は大きかった。
四人、五人と加勢が入り、ついに颯斗の体はアスファルトに叩きつけられる。
膝で腰を押さえ、両腕をねじり上げる。
刃は数メートル先に転がり、乾いた音を響かせて止まった。
それでも颯斗は暴れた。地を這いずり、声を枯らして吠えた。
「なんでだよ……! なんで俺なんだ! なんでお前らじゃなくて俺なんだ! お前らのどちらかでも良かったじゃないか!!俺も実の親に愛されたかった!!」
押さえつける警官が顔をしかめるほど、必死の叫びだった。
全身の力を振り絞り、声帯が潰れそうなほどに吐き出される。
奏と湊は同時に言葉を失った。
だが、湊が先に前へ出る。
「……俺だって同じだ。母さんはすぐに死んで、愛情なんて注がれなかった」
颯斗の目が見開かれる。
押さえ込まれながらも、その顔には困惑と苛立ちが入り混じった。
今度は奏が声を張り上げた。
「父は仕事ばかりで、俺を見てくれなかった! 努力して舞台に立ち、歓声を浴びることでしか、自分を確かめられなかった! 愛されずに育ったのは……俺も同じだ!」
夜風が二人の声を運ぶ。
制圧された颯斗の肩がわずかに震え、唇の端がゆがむ。
「……同じ、だと?」
かすれた声が夜に溶ける。
目に涙ではなく、笑みが滲んだ。
「結局、俺たちは同じなんだよ……。誰がどの人生を歩んでも、結果は一緒だ。お前らのどちらかが、次の俺になるかもしれないな……」
呪いのような言葉が残された。
その顔には勝ち誇ったような、あるいは敗北に酔ったような歪んだ笑みが浮かんでいた。
警官が「連行!」と叫び、颯斗の体を強引に引き起こす。
両腕を背後にねじられ、鉄の手錠が音を立てる。
引きずられるようにしてパトカーへ運ばれながらも、颯斗は笑みを崩さなかった。
ドアが閉まり、赤色灯が夜を染める。
その残響は、アスファルトにこびりつくように消えなかった。
静寂の中に取り残された奏と湊。
湊は拳を握りしめたまま、低く呟いた。
「……終わったんだよな」
奏は頷いた。
「……ああ」
だが胸の奥には、颯斗の最後の言葉が鈍く沈んでいた。
「お前らのどちらかが次の俺になる」
――三つの心が交錯した夜。
呪いのような残響が、二人の心を重く縛り付け続けていた。
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