第12話 誘う罠

夜の会議室には蛍光灯の光が冷たく反射していた。

奏と湊、そして数人の刑事が円卓を囲む。

湊は腕を組み、低い声で切り出した。


「颯斗を表に引きずり出すには……奴の執着を刺激するしかない」


奏は小さく頷く。


「報道だ。兄さんを“犯人”に仕立て上げれば、颯斗は黙っていない。自分の“舞台”を奪われたと感じて、必ず動く」


刑事たちは一瞬顔を見合わせたが、反論はなかった。

湊はさらに言葉を続ける。


「移送日を報道で流す。俺が東京へ護送されると知れば、颯斗は必ず現れる。狙うのはそこでだ」


作戦の骨子は単純だった。

だが単純だからこそ、効果がある。

奏は深く息を吸い、刑事に向き直った。


「警察にとっても危険な賭けになる。それでも協力してもらえるか」


最年長の刑事が静かに頷く。


「奴を野放しにすれば、犠牲はさらに増える。囮作戦として正式に認めよう。ただし現場の警戒と配置はこちらで判断させてもらう」


会議室の空気が張り詰める。

刑事は机上の地図を指差しながら説明を始めた。


「移送ルートは国道を使う表のルートと、裏の生活道路を使うルートの二本を用意する。報道で流すのは“表”。実際の車列は裏を進む。だが、どちらの道にも待機部隊を配置する」


別の刑事が補足する。


「沿道には警護班を散らす。交差点ごとに制服警官を置き、不審な接近をすぐに排除できる体制を取る。狙撃に備えて高所にも数名配置する。……奴を捕らえるための網を張り巡らせる」


奏と湊は互いに目を合わせ、小さく頷いた。


「……十分だ。あとは颯斗が罠にかかるかどうかだ」


最年長の刑事がふたりに目を向ける。


「君たちは当日、実際の護送車には乗らない。表向きの報道で使う車両には、護送対象に見せかけた隊員を同乗させる。……颯斗を引き寄せるためだ」


湊は目を細め、わずかに笑みを浮かべた。


「それでいい。――必ず仕留める」


兄弟は短く視線を交わした。

その目に迷いはなかった。


奏は窓越しに闇へ沈む山並みを見つめていた。

湊が隣で呟く。


「颯斗は必ず来る。あいつは“俺達兄弟”に執着している。血で繋がった証明を奪い返すためにな」


奏はゆっくりと頷いた。


「でも、もう俺たちは振り回されない。必ず終わらせる」


二人の決意は静かに重なった。

すべては――奪われた舞台を取り返すために。




東京・外れの安アパート。

颯斗は畳の上に投げ出した新聞を睨みつけていた。

湿気でめくれた壁紙が剥がれ落ち、裸電球の明かりは頼りなく揺れている。


一面に躍る見出し。

 

《静岡連続殺人 水城湊を送検へ》


記事には大きく湊の顔写真が載っていた。

だが颯斗には、それが自分を嘲笑う顔にしか見えなかった。


「……ふざけるな」


声が低く漏れ、握った拳が震える。

新聞の隅には「東京へ移送」の文字が踊っていた。


功績を奪われた。

 

自分が築いた恐怖、自分が描いた舞台を、兄達が奪っていく――。


胸の奥が焼け付く。

苛立ちが全身を巡り、頬が熱を帯びた。


狭い流しに置かれた安物のコップを掴む。

中の焼酎を一気にあおったが、喉を通るアルコールさえ苛立ちを鎮められない。


「俺のものだ……これは、俺の舞台なんだ」


頬を伝う汗を拭いもせず、颯斗は立ち上がった。

 

壁際に置かれた黒いリュックを開ける。

中には手入れの行き届いた刃物、分厚い手袋、黒い帽子。

全てが出番を待ち続けていた道具だった。


震える手で刃の冷たさを確かめながら、唇の端を吊り上げる。


「俺を消そうとした世界に、今度は俺が終止符を打つ」


瞳には狂気にも似た光が宿っていた。

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