第4話 影の貌

翌日、奏は撮影を休まされ、村の小さな警察署に呼ばれた。

山の斜面に張り付くように建つ古びた平屋で、玄関には地元紙の記者が数人張り付いていた。


「本当にあの音羽奏か?」


「なんでこんなところに」


囁き声が耳に届く。

カメラのレンズがのぞいたが、警察官が慌てて遮った。


署内は狭く、廊下の天井は低かった。

蛍光灯の光が白く反射し、コンクリートの床に足音が響く。

案内された部屋の中は机が一つ、椅子が二脚置かれているだけで、冷たい空気が漂っていた。


「音羽奏さん、改めて確認させてもらいます」


刑事が正面に座り、声を落とした。


「昨夜、外に出たと言いましたね。どこまで歩いた?」


「玄関を出て、少し川沿いに……でも、人には会っていません」


「時間は?」


「……覚えていません」


「戻ったとき、誰かに見られてはいない?」


「いいえ」


刑事の目は鋭かった。

言葉を重ねるほど、曖昧さが浮き彫りになる。

奏の指先は無意識に膝の上で揺れていた。



別の時間、同じ署の別室で湊もまた取り調べを受けていた。


「罠を見に行ったと言っていたな」

「ああ」


「その罠の場所は?」


「山の奥だ。村の奴なら知ってる」


「確認に行ったとき、他に誰かはいなかったのか」


「いなかった」


机の上に置かれた手帳に、刑事が淡々と書き込む。

湊の返答はすべて簡潔だが、裏付けはない。


「力のある男が夜に一人で山へ。……状況だけを見れば怪しまれて当然だ」


「分かってる」


短い言葉の中に押し殺した苛立ちがにじむ。



取り調べがひと段落し、署の廊下を歩いていた奏は、不意に足を止めた。

向こうから数人の警察官に伴われて、一人の男が歩いてくる。


日焼けした肌、鋭い目つき、精悍な輪郭。見慣れたはずの顔がそこにあった。


――まるで、鏡を見ているような。


男も立ち止まった。

互いに目を見開いたまま、言葉を失う。

廊下にいた警察官たちがざわめいた。


「おい……そっくりだぞ」


「兄弟か?」


奏は声を失い、湊もまた口を開けぬままだった。

誰もが息を呑む中、刑事が二人を見比べて低く言った。


「とりあえず、同席してもらおうか」



会議室に並んで座らされた二人。

互いに視線を逸らしつつも、顔は鏡写しのように酷似していた。

髪型も服装も違うのに、そこに血のつながりがあるのは疑いようがなかった。


机に広げられた紙の上で、刑事の指先がぴたりと止まった。

ページをめくる手が動かない。

眼鏡の奥の視線が、一つの名前と生年月日に釘付けになる。

わずかに息を呑んだ音が、沈黙の中でやけに大きく響いた。


書類を見比べるうち、口元の力が抜けていく。

硬い顎が下がり、乾いた喉を押し潰すようにごくりと唾を飲む。

ペンを持つ手が震え、紙面に小さな音を立てた。


重苦しい沈黙の中で、視線だけが交錯する。

言葉はない。

だが「あり得ないものを見てしまった」という色が、刑事の顔に濃く浮かんでいた。


「戸籍は別々にある。だが両親の名前も出生日も一致している。……双子で間違いないだろう」


刑事の言葉に、部屋の空気が揺れる。


「どうやらお互い、親からは一切聞かされていなかったようだな」


奏は唇を震わせた。


「……俺は兄弟なんて、聞いたことがない」

 

湊も険しい顔でうなずいた。


「俺もだ」


二人の声はかすかに震えていたが、互いに視線を外せなかった。



警察署の外では、村人や記者が口々に囁いていた。


「二人とも同じ顔だった」


「血のつながりがあるに違いない」


「でも、あの影人って奴も昨夜は一人だったろう」


「じゃあ……誰が犯人なんだ」


答えのない不安だけが膨らみ、署の周囲を濃い靄のように包み込んでいた。

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