木村家口腔異常記録(平成4年9月18日)

【極秘】秘匿葬送記録:拾参ノ巻

報告書番号: 平成04-09-18-013

作成日時: 平成4年9月18日 午後11時55分

報告者: 宮城県仙台市 浄林寺 住職 佐藤 諦観(花押)

事案名: 木村家口腔異常記録


一、事案発生日時・場所

日時: 平成4年9月17日 午後6時00分頃(通夜開式時)より、翌18日 午後2時00分頃(火葬完了時)まで断続的に発生。

場所: 浄林寺本堂(通夜・告別式会場)、並びに木村家自宅(故人安置場所)。


二、故人情報

氏名: 木村 泰造(きむら たいぞう)

享年: 78歳

死因: 老衰。

特記事項: 生前は、地域の歯科医として長年開業し、多くの患者から慕われていた。特に、自身の歯の健康には人一倍こだわりがあり、毎日熱心に手入れをしていた。入れ歯を嫌い、最後まで自身の歯で食事をすることにこだわっていたという。


三、事案の概要(時系列順)

9月17日 午後3時00分頃: 木村家より葬儀の依頼を受ける。故人が長年地域医療に貢献した人物であったため、多くの参列が予想された。当寺より住職 佐藤 諦観が担当。故人の安置された自宅にて枕経をあげる際、故人の口元がわずかに開いていることに気づいた。通常は閉じられているものだが、故人の遺言で「最後まで顔を見せてほしい」との意向があったため、顔のみ露出させていた。


9月17日 午後6時00分頃(通夜開式): 浄林寺本堂にて通夜開始。読経中、故人の遺影の口元が、まるで何かを咀嚼しているかのように微かに動いたと、複数の参列者が証言。遺影は故人の生前の穏やかな笑顔であったが、その動きは不自然で、一瞬にして参列者の間に不穏な空気が漂った。佐藤住職もその動きを視界の端で捉えた。


9月17日 午後8時30分頃: 通夜振る舞いの最中、故人の遺体に供えられた菓子が、翌朝には不自然に欠けていることが発見された。特に、煎餅など硬いものが砕かれたような跡があり、それはまるで何かが噛み砕いたかのようであった。この時、本堂の奥から、微かに「ゴリゴリ」と骨を砕くような音が聞こえたと、夜伽の準備をしていた僧侶が報告している。


9月18日 午前0時00分頃: 佐藤住職が故人の傍らで夜伽を行う。静寂の中、故人の棺の中から、断続的に「カチカチ」と歯を鳴らすような音が聞こえ始めた。音は次第に大きくなり、まるで故人が苦しみに喘いでいるかのようであった。恐怖を感じながらも読経を続けると、音はさらに激しさを増し、棺が微かに振動するのを感じた。


9月18日 午前8時00分頃(告別式開始): 告別式が始まる。読経中、故人の遺体(顔のみ露出)の口元が、以前にも増して大きく開いていくのを目撃。その口の中には、生前は全て揃っていたはずの歯が何本か欠落しており、歯茎からは僅かに血が滲んでいるようにも見えた。参列者の間に明確な動揺が広がり、本堂の空気は極度の緊張に包まれた。


9月18日 午前10時00分頃(出棺): 棺を霊柩車へ運ぶ際、棺の中から金属が擦れるような「キィン」という不快な音が響いた。棺を運んでいた者たちは、その音に思わず顔をしかめ、恐怖と不快感を露わにした。特に故人の頭部側が異常に重く、持ち上げるのに多大な労力を要したという。


9月18日 午後2時00分頃(火葬完了): 火葬が完了し、骨上げを終える。故人の骨は、通常よりも不自然なほど細かく砕け散っており、特に顎の骨は、まるで強い力で噛み砕かれたかのように粉々になっていた。骨壷に収められた遺骨の中から、通常の骨とは異なる、硬く光沢のある小さな破片がいくつか発見された。それはまるで、欠けた歯の破片のようであったが、火葬後の骨とは明らかに異質なものであった。


四、特異な点と考察

故人が生前、自身の「歯」に強いこだわりを持ち、歯科医として多くの歯を扱ってきたという点が、怪異の性質に強く影響を与えている。故人の魂が、その「歯」への執着や、あるいは自身が生前に治療してきた患者たちの「歯」に関する未練や怨念に囚われている可能性がある。

「遺影の口元の動き」「欠けた菓子」「歯を鳴らす音」「棺の振動」「欠落した歯」「歯茎からの出血」「金属が擦れる音」「顎の骨の粉砕」「異質な破片」など、怪異のすべてが「口腔」や「歯」に関連する現象として現れている。これは、故人の魂が「歯」を媒介として現世に干渉し、自身の苦痛や、あるいは何らかのメッセージを伝えようとしていることを明確に示唆している。

遺体に歯の欠落が見られたり、火葬後の骨が不自然に砕け散っていたり、異質な破片が発見されたりした点は、故人の肉体、特に「歯」が、死後も何らかの異常な力の影響を受けていたことを示す。これは、故人の魂が安らかに旅立てていない証拠である。

怪異が、故人の身体的な苦痛(歯の欠落、出血)と、聴覚的な現象(咀嚼音、歯を鳴らす音、金属音)を同時に引き起こしている。これは、恐怖が身体感覚に訴えかけることで、より深く読者の心に刻み込まれる。


五、対処・対策

事案発生中、佐藤住職は、故人の口腔にまつわる未練が怪異を引き起こしていると判断し、読経と共に故人の魂がその執着から解放され、安らかに成仏できるよう、歯に関する供養も併せて行った。

事案後、木村家に対し、故人の生前の歯科医としての功績を称えつつも、その職務の裏にあった苦悩や未練を供養する必要があることを説明。当寺にて、歯にまつわる特別な供養を定期的に執り行うことを提案し、家族にも故人の治療にまつわる品々を浄化するよう助言した。

今後、医療関係者、特に身体の一部に強く関わる職務(例えば、外科医、義肢装具士など)の故人の葬儀においては、その職務が引き起こしうる「業」や「執着」に特に注意を払い、より入念な浄めの儀式を検討する必要がある。


六、付記

本件は、故人の職業と、その職務が引き起こしうる「身体への執着」が、死後に口腔にまつわる物理的な怪異として発現した極めて異例の事例である。

特に、故人の遺体が直接的な変異を見せた点は、他の記録と比較しても特筆すべきである。

この「秘匿葬送記録」は、人間の専門性やこだわりが、死後の世界にまで影響を及ぼし、時として自己を蝕む恐怖へと変貌しうる可能性を示す、重要な資料として今後の参考に供する。


【検閲追記】

口腔内の「湿気」が起点か?

遺体の変質が身体内部から始まっている点に留意。

外的要因ではなく、内側から"濡れて"いく恐怖。

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秘匿葬送記録 月影 朔 @tetsyomu

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