オオツカくん

鋏池穏美


 一昨日転校してきた大塚が、今日はもう学校を休んでいた。先生によれば、階段から落ちて怪我をしたとのこと。


 都会の進学校から引っ越してきたという噂で、どうやら頭がいいらしい。初日は生徒名簿とにらめっこし、全員の名前を覚えようとしていた姿が印象的だった。


 あっという間に誰とでも話せるようになりそうな奴だ──、そう思っていた矢先の欠席だった。


 放課後の帰り道、大塚の姿を見かけた。母親らしき人に支えられ、足を引きずりながら車に乗り込もうとしている大塚。怪我が痛むのだろう。顔色は悪く、脂汗を浮かべていた。


「おーい、大塚!」


 思わず声をかけていた。振り向いた大塚の横で、母親も優しげにぺこりと会釈をする。運転席からは穏やかそうな父親が降りてきて「息子がお世話になっております」と丁寧に告げた。


「これから病院か?」

「うん。足が痛くてさ……」


 息を切らしながら答えた大塚が、ふいに思い出したように「あ、そうだ」と呟いた。


小谷部おやべ君は今日、学校きた?」

「小谷部? 来てたけどどうした?」

「漫画貸す約束してたからさ、ごめんって言っておいて」

「了解。ってかいつの間に小谷部と仲良くなったんだ? 全然知らなかった」


 そんな会話をしていると、母親が「そろそろ行きましょうか」と優しく微笑む。


「ああすみません。じゃ、大塚、明日来れるなら、来いよ」

「うん。ありがとね、津人しんと君」

「名前呼びなんて、急に距離詰めてきたな」

「あ、ごめん。馴れ馴れしかったよね。仲良く……なりたくて」

「変なやつぅ。ま、困ったことがあったらなんでも頼って」

「うん。助けて……、ほしいことがあったら言うね」


 そう引きつった顔を見せた大塚が、母親に促されて車に乗る。


―――


 翌朝、小谷部に伝言を伝える。


「大塚が漫画のこと、ごめんって言ってたよ」


 だが小谷部はきょとんとして首を振った。


「……そんな約束してないけど? そもそも大塚とは話したこともないし」


 ぞくりと、背中に厭な汗が伝う。なんで、大塚はこんな嘘を。



―――



 それから一ヶ月が過ぎた。

 大塚は、あの日を最後に行方不明。

 大塚の両親も、だ。


 思い出すのはあの時の会話。

 大塚は友達でもない小谷部の名を出し、その後で俺を津人しんとと呼んだ。

 小谷部は苗字で、俺は名前。もちろん俺も友達と呼べる関係ではなかった。


 小谷部。

 津人。

 続けて書けば小谷部津人。

 読み方を変えれば──


 おやべつじん。


 それを証明するように、警察に見せられた大塚の両親は、あの日見た二人ではなかった。


 ──助けて……、ほしいことがあったら言うね。


 大塚はそう、言っていた。明確に言葉を区切り、確かに「助けて」と言っていた。あの二人に脅されでもして、本当のことを言えなかったのだろう。気付けなかった後悔と、言いようのない不安に苛まれる。


 まだ犯人は捕まっていない。


 顔を見てしまった俺は、大丈夫なのだろうか。


 なんだか最近、誰かに見られている気がする。


 やめろ、見るな。


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