一本棒人間
不思議な体験というのは誰もが一度は経験したことがあると思う。
僕はこれまでの生涯で3度ある。
1度目は空をキラキラと光る何かが通って行ったのを見たこと。あれは流れ星にしては、いくつもの光が固まって移動していたように見えたし、UFOにしては発光量が多すぎた気がする。たしか8歳くらいの頃だったからあまり記憶にないのだが、空を走る光を目撃したのは確かだと思う。
2回目は金縛り。
これは現在進行形なのだが、僕は二度寝をすると必ず金縛りになるという体質なのだ。体が動かせなくなるというアレである。別に幽霊が見えたりとか、何かが体に乗っているとか、そんなことはなく、ただただ体が動かせなくなるのだ。レム睡眠とノンレム睡眠の関係なのだろうなと思っていて、多分霊的な何かではないと思う。
そして今回、メインとなる3度目が一本棒人間だ。
これは妖怪や幽霊の類ではなくて、言うなれば現象のようなものなのだが、最初に目撃した時はゾッとした。
もし同じような体験をした人がいれば是非とも教えて欲しい。ちなみに一本棒人間というのは僕が勝手に名付けた。
高校二年の夏休み、僕はランニングを始めた。理由は腹回りが気になり出したからだ。中学まで野球をやっていて、高校から弓道へと鞍替えをした僕は運動量がとんでもない程、減少していた。弓道は実はとてもカロリーを使うらしいのだが、流石に毎日死ぬほど走らされる程ではなく、何よりも食事量が全く変わらなかったのが一番の問題だった。
1年目はそこまで変化を感じなかったのだが、2年目から気になり始め、健康診断で体重計に乗ると最高記録を指していたのだから中々焦った。
高校二年生、すなわち16歳の少年であれば、誰であっても自分の容姿はどうしても気になる。「女なんか眼中にないぜ」みたいなフリして休み時間に1人で本を読んでいた僕も例外ではない。
そんなわけで、夏休み期間中の朝にランニングを始めたのだ。
僕は早起きが得意だったため(野球部も弓道部も朝練が異様に早かった)、5時には起きていた。それからラジオ体操をしっかりとやり、体をほぐしてから家を出るのだった。
走る場所は家のすぐ近くにある土手沿いの道にした。土手の上にも人や自転車が走れるよう整備された道があるのだが、そこまで上がるための近場の道が工事中となっていたため、やむを得ず、土手の下の道を走った。
その頃、土手では拡張工事が行われていて、巨大なクレーンやダンプカーが停められたりしていた。川の洪水を防ぐためらしいが、そんなに進んでいなかった気がする。
さて、僕はイヤホンをつけ、土手を左手に見上げる形で走っていた。土手沿いの道は工事用の重機が通れるようにコンクリートで整備されていたため、結構走りやすかった。
時間を測って10分程走ったら、折り返して家に戻る。そうすると20分は走ることになり、運動不足だった僕はそれだけで汗まみれになった。
実際のところ、20分程度のランニングがどれほど、体に影響を与えるのか分からなかったが、久々に体を動かすのは気分が良かった。
10日ほど続けていると、発見もあって、それは同じ男の人が土手の上の道を毎日走っているということだ。土手の上へと上がる道は何ヶ所かあるから、僕の家から離れた場所から走り出しているのだろう。
走っている時、土手の上が目の端に見えるのだが、毎日同じ格好の人が僕と同じようにランニングをしている。僕とは逆方向に走っていくのだが、土手の上までは、そこそこの距離があるため、挨拶どころか会釈もしたりはしない。
僕は大体同じ時間に走り出していたし、その人は毎日、白い短パンに赤の半袖で、本格的なユニフォーム風の出立ちだったため、確実に同じ人だろう。
いつしかその人とすれ違うのが日課のようになっていたし、その人も僕のことに気づいているんだろうなと思っていた。
ある日、僕はいつものようにランニングを始めた。目の端で土手の上を気にしながら、今日もあの人は走っているのだろうかなどと考えていた。5分程、走っているといつものように赤い半袖を纏った人影が、目の端に写った。
今日も走ってるなーと思いつつ、僕はその日だけ、走りながら首をしっかりと曲げて、その人のことを見上げた。理由は特になかった。なんとなくだった。
そうして目撃したのが一本棒人間である。
そいつは男の人の後ろをトントンと走っていた。姿はそのままアルファベットのIと同じで、そのため、足も一本しかないわけだから、飛び跳ねるかのように移動していた。明らかに人間ではないし、生物とも思えなかった。男の人の身長を170cmだと仮定するなら、その棒人間はあきらかに2mを超えていた。
僕はその瞬間、さっと進行方向へと顔を向け、何も見なかったかのように走り続けた。
恐ろしいものを見てしまったという実感はあったし、どうすることも出来ないと瞬時に思った僕は何事も無かったのように走ることを選択したのだった。
次の日、僕は同じ時間に同じ道を走った。自分でも驚くのだが、恐ろしいと感じたクセに、好奇心の方が勝ったのだ。一本棒人間なんていう妖怪や幽霊はどんな本にも載っていなかったし、ネットで調べてみても似たようなものは出てこなかったからだ。
僕はいつも通り家を出発した。
体が温まってきて、汗が流れ始める。
チラチラと土手の上を気にしながら、心臓の鼓動が加速していくのがわかった。
そしてとうとう、いつも通り男の人が走ってきた。
僕は足を止めずに横目で、じっと見つめる。
そしてふと気づくと昨日のように一本棒人間が走っていた。
男の人の後ろを昨日と同じように。
その瞬間、僕は思い切って足を止めた。
顔をまっすぐに土手の上へと向けて、両目でしっかりと見た。
その瞬間、一本棒人間は唐突に立ち止まった。
そして一直線に僕の方に向かって土手をすごい勢いで駆け降りてきた、、というのは嘘なのだが。
一本棒人間は僕が走るのをやめたのと全く同じタイミングで、動かなくなったのだ。
つまり、棒が一本、突っ立ているのみになった。
どういうことなのか、種明かしをしてしまえば、一本棒人間は妖怪でも幽霊でもなく、もともとそこに立てられている、ただの鉄パイプだったのである。
土手の拡張工事が行われていることは前述したと思うが、その一環として何かの目印のために鉄パイプが土手の様々な場所に、立てられていた。
僕が一本棒人間だと思っていた鉄パイプは土手の中腹ほどにあって、走りながら土手を見上げると、目の錯覚によって、まるで動いているかのように見えたのだ。
ランニングをしている人の位置関係が丁度良かったこと、走っていたため目線が上下に揺れていたこと、朝早くて明かりが十分には無かったこと等、色々な要因があって一本棒人間が出現したのだった。
僕はちょっとした安堵感と、それ以上の寂寞とした思いを感じながら、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の言葉を思い出した。
その後、僕は夏休みの最終日までランニングを続けたのだが体重はほとんど落ちず、結局、大学四年生まで増大し続けたのだった。
やはり一本棒人間のように痩せるには、目の錯覚でも使わなければいけないらしい。
朝顔の思ひ出 赤井朝顔 @Rubi-Asagao0724
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。朝顔の思ひ出の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
エッセイ寄りの独り言/道端ノ椿
★12 エッセイ・ノンフィクション 連載中 39話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます