第3話 小さな嘘と大きな秘密

約束の日。午後6時、美緒は待ち合わせの駅前に立っていた。


夕暮れの光に包まれながら、胸の奥で小さな鼓動が早くなるのを感じる。


ほんの数分の待ち時間が、まるで永遠のように長く思えた。


 「ごめん、待たせた?」


背後から声をかけられ振り返ると、そこに立っていたのは遼だった。


ジャケットの下に白いシャツを合わせ、足元には革靴。


昨日よりも少し大人びた雰囲気に、美緒は思わず見とれてしまった。


 「ううん、私も今来たところ」

 自分でもありきたりな返事だと思いつつ、頬が熱くなる。


 遼が案内したのは、駅前の大通りを抜けた先にあるイタリアンレストランだった。レンガ造りの外観に、窓からは温かな灯りが漏れている。


テラス席には観葉植物が並び、都会の喧騒を忘れさせるような落ち着いた雰囲気だった。


 「すごい……! 本当に素敵なお店」


感嘆の声を上げると、遼はどこか得意げに微笑んだ。

 

「でしょ? ここ、よく来るんだ」


席に通されると、白いクロスのかかったテーブルにキャンドルが揺れていた。


メニューを開いた美緒は、見慣れないイタリア語の料理名に少し緊張する。


 「こういうお店って、ちょっと背筋が伸びるよね」


 「大丈夫。俺に任せて」


 そう言った遼は、さっとワインリストを手に取り、店員に向かって滑らかにオーダーを始めた……かと思いきや、数秒後に急に黙り込んだ。

 

「……えっと、とりあえずピザマルゲリータ、Mサイズで。あと、水を二つ」


 「え? ワイン頼まないの?」


 つい首をかしげる美緒に、遼は一瞬目を泳がせ、そして小声で答えた。

 「……今日は車できたから」


 その言葉と同時に、彼の耳がほんのり赤く染まったのを、美緒は見逃さなかった。


 料理が運ばれてくると、遼はさりげなく話題を変えた。学生時代の思い出や、サークルの話題。


会話は途切れることなく続いたが、美緒の胸の中には小さな疑問が引っかかったままだった。


 本当に車で来たの? 駅前なのに?


それでも、ピザを分け合いながら笑い合う時間は心地よかった。遼の笑顔に引き込まれるたび、疑問は少しずつ霞んでいく。



数日後の放課後。美緒は友人とキャンパスのベンチで話していた。ふとした拍子に、友人が何気なく口にした。


 「ねえねえ、美緒ちゃん。遼くんって駅前の本屋でバイトしてるの知ってた?」


 「え……?」美緒の手が止まる。


 「ほら、駅前の小さな本屋。私、この前たまたま入ったらレジにいてさ。すっごく   真剣な顔でお客さんに袋詰めしてたよ。ちょっと可愛かった」


 美緒の胸に、冷たいものが流れ込んだ。


 遼は確かに「家が遠いから、外で食べることが多い」って言っていた。


もし駅前でバイトしているなら――彼は毎日のようにこの街にいるということになる。


 あの夜の「車で来た」という言葉。耳が赤く染まった横顔。


 すべてがつながるように思えた。


 遼は、私に何を隠しているんだろう。


 胸の奥に芽生えた違和感は、もう無視できないほど大きく膨らみはじめていた。

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