第4話 拡散する恐怖

第4話 拡散する恐怖


――それは最初、ただの噂にすぎなかった。


「おい、聞いたか? この前のオークションで……」

「うん、作者不明の『あの絵』が出品されたってやつだろ。見た奴、夢に魘されるらしい」


酒場の片隅で、美術業界の人間たちが囁き合う。

数か月の間に、その奇妙な絵画は闇市場を渡り歩き、インターネット掲示板やSNSに断片的な情報が漏れ出した。


「あの絵、見た瞬間から耳の奥で声がするんだが……」

「夢に出てきた。壁から黒い染みが滲んでくる夢だ」


投稿は次第に増え、まるでひとつの“病”が感染するように拡散していった。




やがて、ニュース番組が小さく取り上げる。


『東京都内で同時多発的に発生した異臭騒ぎ。現場付近の壁には黒い染みが残され、住民らは「直前に不気味な絵をスマートフォンで見た」と証言しています』


スタジオのコメンテーターが苦笑交じりに言う。

「都市伝説みたいな話ですね。でも……偶然にしては不気味です」


その夜、同じニュースは地方局でも報じられ、翌日には海外のSNSでも拡散された。

「ジャパン・カース・ペインティング」と呼ばれ、オカルトめいた話題として翻訳されていく。




街角では、人々がスマートフォンを凝視して立ち止まる光景が増えた。

「なあ、ちょっと見てみろよ、この画像……」

「やめろ、そんなの開くな! 昨日のニュース知らないのか?」


しかし、その警告も虚しく、画像は共有され、また新たな犠牲者を生んでいく。


オンライン美術館が行ったVR展示会では、観客数人が同時に失神した。

「映像データに何か仕込まれているんじゃないか?」

「いや……それが、解析しても何も異常が見つからなかった。ただ、再生すると勝手に歪むんだ……」


技術者たちは口を揃えた。――あのデータは、生きている。




SNSではAI画像生成を使い、「この絵をアレンジした作品」が次々に投稿された。

だが、一部の生成者は震える声で訴える。


「俺が描いた覚えのない『目』が増えているんだ……」

「昨日と今日で絵の中の形が違う。勝手に……進化してる……」


まるで画像そのものが意思を持ち、制御不能の存在へと変貌していくようだった。



誰も気づかぬうちに、絵画は『門』となった。

現物を見ずとも、画像一枚で『門』は開かれる。

恐怖は静かに、だが確実に、デジタル世界を通じて全人類へと染み出していく。


『こちら側へ……』


声は、今やスクリーンの向こうからではなく、世界そのものから囁いていた。



「絵画の世界」 完

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クトゥルフ短編集04 絵画の世界 NOFKI&NOFU @NOFKI

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