第八章:不可解な侵入
土曜の夜、仕事を終えて帰宅すると、部屋に違和感があった。
靴箱の上に置いていた鍵や財布の位置が、わずかにずれている。
「……誰だ?」
声に出すも、返事はない。
心臓が早鐘のように打ち、息が浅くなる。
部屋を確認する。
窓は閉まっている。ドアも二重にロックしてある。
それなのに、生活用品が微妙に移動している。
昨日までの配置と少しだけ違うだけなのに、俺には明らかに誰かの手が加わったとしか思えなかった。
その夜、郵便受けに封筒が届く。
中には手書きの短いメモ。
「今日はこっそり入った」
震える手で文字をなぞる。
信じたくなかった。
しかし、靴の位置も鍵の置き方も、完全に封筒のメッセージを裏付けていた。
俺は布団に潜り込み、目を閉じる。
だが、部屋の隅々まで監視されている感覚は消えない。
隣室のカーテンの揺れ、微かな足音、紙を折る音――
生活のすべてが侵食され、俺は逃げ場のない恐怖の中にいる。
翌朝、郵便受けを確認すると、新しい写真が入っていた。
今度は、俺が寝ている布団の姿を窓越しに撮ったものだった。
シャッターのタイミングまで正確で、逃げ場は完全に封じられている。
仕事中も、街を歩いていても、頭から恐怖が離れない。
監視者は、生活の隅々に手を伸ばし、あらゆる瞬間を掌握している。
外に出ても、誰も信用できない。家にいても、完全に安全ではない。
侵入は、目に見える行為だけでなく、精神にまで影を落とす。
夜、布団に潜ると、カーテンの向こうに影が揺れる気がした。
息を殺し、耳を澄ませると、昨日と同じ規則正しい物音が聞こえる。
生活空間は、監視者の手の中に組み込まれ、俺は完全に追い詰められていた。
「逃げられない……」
小さく呟き、手を握りしめる。
恐怖がじわじわと体を締めつけ、生活のリズムそのものが支配される感覚が増していった。
俺は、監視者の異常な執着から逃れることはできない――そう悟った夜だった。
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