第六話 追憶⑥

(喧噪渦巻く酒場の片隅にて、)

(向かい合うように対面に座ったお姉さんは、もう酷く酔っているようだった。)


ん…………コクッ、コクッ、コクッ、コクッ…………。ぷはぁ……!


くぅ~、うまいっ!


ほらっマセガキも、のめのめッ!



……いつにもましてウザい?



……、なんだそれは。


私が普段から、ウザいみたいな言い方しよって……


生意気だぞぉ、マセガキ!


(ぐいと首根っこを捕まえられて引き寄せられる)


ほ~れほ~れ……。


(わしゃわしゃ、わしゃわしゃと頭を撫でる音。)


ははっ、


チクチクしてくすぐったいなぁ……、


撫でにくいし坊主にするつもりは無いかぁ、

マセガキ?



ハゲは嫌って……、


ハゲを馬鹿にするなよぉマセガキ!


それは駄目だぞぉ!


ハゲを馬鹿にするのはダメだ!


なんせ、私の父もハゲだったんだからな!


…………。


(そう言って数拍、蝋人形のように固まったお姉さんは、突然泣き出した。)


…………ひっぐ、ひぐっ……スンッ……スンッ……。


うぅ~~……、父は……、父は優しかったんだぁ……。


弱くて、子供の私からしても馬鹿だったが……


素直ないい人だったんだぁ~……、


ひぐっ、ひぐっ……。



それをあの愚姉め……。


あんな腕っ節しか取り柄の無いような醜男に乗せられよって……、


死んで当然なんだっ、全くッ!

 


……そうだ、私は父によく懐いていた……。


スンッ……、大人になったら、結婚するって約束もしてた……。


いずれ決闘で母を叩きのめし、

正妻の座を奪い取ってやろうと、


幼いながらにそう企んでいた……。



……無論、母のことも大好きだ。


だが、それとこれとは話が違うだろう……?

  


……なんだその目は?


別に幼い頃なら、

誰しもこういう経験ぐらいあるだろう。


お前もシスターに、『ボクのお嫁さんになってー』ぐらい言ったことないのか?



はっ、見え透いた嘘をつくな、

このマセガキが!


絶対やってた! お前は絶対にやってたぞ!



ふふっ、ほれみろ、やっぱりお前も言ってたんじゃないか。


でも本当に小さい時だけ? 今は絶対に言わない?


……ん、そうか。




…………へっ、私か? えっ、いや、もうその話はいいだろ……。


……んん、そっ、そうだなぁ……


ちょっと待て少し考える……


……へ? 少し考える時点でもう駄目……、


いっ、いや違う! 


……これは、あれだ……、あぁ~もうッ!


なんなんだ今日のお前は! 


普段と違って、生意気で意地悪だぞ!



い~や、今日のお前は確かに意地悪だ。


私が言うんだから、そうなんだっ!


(お姉さんが机に項垂れる、ゴンッと結構心配になるほどの音を立てて。)

(しかし当人は酒のせいか、痛がるそぶりも無く続ける。)


……私の事……、嫌いになったのかぁ……?


ぅう……。


私の方こそどうなんだって……、


……私は……、



少し考える時点でもう駄目なんて……、寂しいこと言わないでくれぇ……。


(がたりと椅子を倒して、おぼつかない足取りでこちらに回ってきたお姉さんはそのまま、縋りつくように抱きしめてきた)


好きだ、大好きだ……。



……ん、水か。


あぁ、飲むさ、お前が言うならいくらだって飲むさ……。


(しゅりしゅりと、頬を擦り付けられる)


ふぅ…………、スンッ、スンスンッ、ふぅ~…………。


例えこの先、何があったとしても、お前は私の弟子だ……。


何年経っても変わらん……。



お前が望んでくれるなら、なんだってできる自信があるぞ?


それがお前のためになるのなら……。


 

んっ……、こらっ、外で私の名前を呼ぶな。


恥ずかしいからやめろ……。


駄目と言ったら駄目なんだぁ……。



約束……、二人きりの時だけだ。



なぁ、マセガキ? 


”師範”と、私のことをそう呼んでみてくれないか?



……あぁ、そうだ。


もっとだ、もっと呼んでくれ。



父の気持ちが、少し分かった気がする……。


……ん、なんだ急に不機嫌になって。



……もしかしてだがお前、私の父に嫉妬していたのか?


ははっ、ははは!!


なんだその反応っ! 図星にもほどがあるじゃないか! ええ!?



ははっ、そうかそうか嫉妬かぁ……。


ふふふっ、何気にいじらしい所もあるじゃないかぁ。ええ? 


そう顔を真っ赤にするなマセガキぃ。


……いいぞ、そういうお前の嘘のつけないところはお姉さん、大好きだ。


あははははっははっははは、はべひゅっ……?!


~~~~ッ……! 


頭を殴ることはないだろぉ……。


たくっ……、この怒りんぼぉめっ!!


(ぎゅっと、仕返しとばかりに抱きしめられた)

(耳元に聞こえるお姉さんの呼吸は、だんだんとゆっくり、長いものに変わっていって。)

(気づけば彼女は、僕にしだれるように眠ってしまっていた。)





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超絶パパっ娘ダウナー孤狼お姉さん、癖です。

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