第七話 蛆が一つ、道を阻んだ。

(夜、さざめく木の葉と親しみぶかい焚火の音)


ふぅ……、今日はかなり疲れたな……。


おそらくもう少し行けば山越えだろう。


明日も進むぞ、マセガキ。


その為に今は寝ろ。


今日の寝ずの番は私が担う。



ふぁ~……、……ん? 


気にするな、別に無理もしてない。



……いいから、寝ろと言われれば寝ろ。



……やはり最近のお前は変だ。


妙に突っかかってくる。


なんだ、文句があるならはっきりと言え。



私の方が……? 


私の何がおかしいというんだ。



……確かに、ここ数か月は小さな依頼ばかりだ。


物探しや調査依頼、……便利屋紛いのものばかりではある。


だが、それはたまたまだっ……!

 


いずれまた大きな賊の一団が見つかれば迷わず討伐に向かう!



うっ、嘘ではない!


あぁ、誓ってだ。


……亡き父母に誓って、嘘ではない……。



あぁ、分かってくれて何よりだ。


私も熱くなって悪かったな……。




◇◇◇



(暗い森の中、生い茂る草葉を掻き分けて走る)

(また遠く後ろの方から、段々と女の気配が近づいてきていた。)


──はぁッ、はぁッ……、……おい! ……マセガキ! 


一体どこに行くつもりだッ!?

 

 

ッ……! だんまりか……。



……腕の一本は、覚悟してもらうぞ!

 

(背後から迫る投擲された短剣、ブーメランのように回転しながら、甲高い風切り音と共に迫ったそれを剣で弾き飛ばす)

(闇夜に火花が散り、金属の喚声が鳴る。)


……はぁッ、はぁッ。


ようやく……、立ち止まったか……。


こんな、崖際まで逃げよって……。



なぁ、何がしたいんだぁ、お前は。


……言い訳もしないのか。



そんなに、私は信用ならないか……?



あぁ……、そうだな。


私は真正の嘘つきだからな……。



ずっと、気づいていたか……。


もう、私がお前に人を殺させまいとしていることに。



蛆虫を潰すだけ……、


そんな方便を教えたが、方便は方便だ。


人を殺すことには変わりない。



……命の取り合いである以上、私たちだっていつも無事ではいられない。


その内、死ぬことだって……。



臆病風に吹かれたわけではないっ!


お前の為にならこの命、いくらでも投げ出そう!


これは嘘ではない!



だが、ただ殺すだけためになんて、


そんなのでは駄目なんだ……。



お前は今、憤怒に駆られて走る骸だ。


仇を討ってまで埋めれなかった心の空白を、


決して乾く事の無い渇きを潤すために、


血を啜るしか知らぬ骸の狼だ……



……だが、わかっているだろう?


人を殺すことの空しさは……



埋められやしないんだ、その程度の事で……



人も、世界も、


自分自身さえも変わらない。


精々、昏く落ちていくだけだ。


お前の虚しさは埋まらない……。



……頼む、私のところに戻って来い。


そんなところ、崩れたらどうするんだ……

 

危ないぞ……、戻ってきてくれ……。



……そうか。


何を言おうと、どう諭そうと、


お前はもう私の言葉を聞き入れてはくれないのだな……。


わかった……。



ははっ……、なんだ、一丁前に剣を構えよって。


……思い上がるなよ、


お前をしごき上げたのがだれか忘れたか?

 

今一度、その体に思い出させてやる。


(刹那、遠くにいたはずの女が、すぐ耳元にまで迫っていた)


五体満足は諦めろ……、


私も、もうとっくに諦めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る