第五話 追憶⑤

(森の中を吹き抜ける風の音、 木の葉の擦れる音が響く)


……見えた、間違いないッ……!


あれだ、あの蛆だッ!


おいマセガキっ、お前もみろ!



……ほら、あそこの物見櫓に立った長身の男だ。


私と同じ獣人の、一族を裏切っただけでは飽き足らず、里に火を放った畜生だッ!



ははっ、ようやく尻尾を掴んだぞ、……クソ蛆め。


潰す潰す潰す潰す潰す潰す……。


……ははっ、あの売女も一緒もか! 


どこぞで野垂れ死んだものと思っていたが、存外にしぶといらしい……。



チッ、櫓の上で何を盛りあっているんだヤツらは……、気色の悪いものを見せよって。



……ははっ、はははっ、良いことを思いついた。


手伝え、マセガキ。



ふふっ、そうか、頼もしいぞ。


(頭を撫でる音)


ああ、そうだ、マセガキ?


あの櫓にいる奴らをもし見つけたら、私に教えろ。


……ん? 女の方の顔が良く見えない?


あぁ……くそ、もう柵の下に隠れたか……。


……ああぁ、ん…………ん〜〜……。



はぁ……、見れば分かる…………。



私に、よく似た顔の女だ。

 

◇◇◇


(燃え上がる賊の在り処、逃げ惑う蛆虫を、片っ端から切り払う)


ははっ、はははっ!! 


(重なりあう剣戟の音はすぐ目前から、そして少し遠くから)


おいマセガキ! 一匹も逃がすな!


ここにいるヤツは全員皆殺しだ!


(炎を纏う物見櫓が、轟轟と不吉な音を立てて、こちらへと倒れこんでくる)


つ……?!


(凄まじい音と共に地面と衝突、無数の木片が炎弾となって周囲にすさび飛ぶ)


……おい、無事かマセガキ!?



ああ……、良かった……。


……って、おい、もう逃げたヤツはいい! 無理に追うな! 


(剣戟、至近には耳を聾するその轟音を、切り裂いてその首に……)


(ヒュゥゥウと、鳥の鳴き声のような、遠く響く喚声。)


(身を打つ鈍い音、辛うじて致命は避けれた大弓の矢は、僕の左腕を容易く砕いた)


 ……マセガキ! おいっ!、マセガキッ!! 


(音が遠くなる、お姉さんの声が限りなく遠ざかっていくように聞こえた)


◇◇◇


(パチッ、パチッと焼け焦げた材木が音を鳴らす。)

(焚火とも違う、そこら一帯を焼き尽くしたその規模に相応しき激しい炸裂と、その余韻たる間延び)

(血と油が焦げ付き、異様な臭気が立ち込めるなかを、ボクとお姉さんは並んで歩いた。)


……なぁ、本当にもう大丈夫なのか?

 

大丈夫だって……、そんなわけがないだろう?

 

今は繋がっているとはいえ、一時は千切れかかっていたんだ……。


……なんで謝る? 何匹か、逃がした……?


なっ……そんなことはどうでもいいッ!


お前は……、お前は…………。



…………もういい、好きにしろ……。




……これ、か。


背丈、傍らに落ちた武器、焼け残った毛髪の色も、あの男の者で間違いない。


……おい、マセガキ。


どうやら、私は遂に父母を仇を討てたらしい。


そうだ、この炭の塊が私の仇だ。


襲撃した時に姿が見えないと思ったら、火に巻かれて既に死んでいたらしい。


……いや、臆病で姑息なこいつのことだ。


どうせ隠れて逃げようとして、運悪く死んだのだろう。



……おかしいな。


なぁ、マセガキ。お前の時もこうだったのか?


お前の家族を襲った盗賊を、皆殺しにしたとき……


お前は……、


……お前もこんな気持ちだったのか?



なっ、なにか……、


……なにか、ないのかぁ……?


なんだ、ははっ……、おか、おかしいなぁまったく……。


わたっ、私は仇を殺したんだぞ?


九歳から……、一人で、ずっと追い続けた仇だ?


私の人生の半分以上だっ! 全部、全部この時の為だったッ!!



あれぇ……? 


こんな……、こんなものなのかぁ……?



ちょっ直接じゃ、なかったからか?


今からでも斬りつければっ、間に合うのかっ!?


(振り上げられた短刀が炭の塊を砕く)

(何か焼けた肉と、その油がにじみ出して、もはや人だったのかすらもわからないそれに、)

(何度も、何度も……。) 


……ははっ、ははは…………。


何も、嬉しくない……。


お前に、そんな大怪我まで負わせて……


……一体、私は何がしたかったんだぁ……?



そうだな。


蛆虫の一つが潰れて死んだだけ、……だな。


何かが、変わる訳がなかった。


そうだ……、お前の言うとおりだ。



……もっと、もっと殺せば、変わるよな?


なぁ、マセガキ?


(泣きそうな声のお姉さんを抱きしめた)

 

……そうだな、……もっと、もっと潰そう。



何も変わらないなら、何かが変わるまで……。


この腐った世界が、変わるまで。


全部殺そう。


……全部、全部。


(いつかみたいに、狼が獲物に噛みつくように)

(その口づけは酷く荒々しくて、)

(確かな印と傷を、僕の体に残した。)






────────────────────

次話は、きっと明るい話になります。

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