第四話 追憶④

(氷山、凍える洞穴にて。)

(パチパチと鳴る焚火と、轟轟と吹雪く風雪の音がする)


……お、おい、マセガキ。


いっ、いっ生きてるっ、か?


(すぐ耳元で、漏れ出る吐息が耳を嬲る)


(心音が、微かに聞こえる気がした)


ははっ、なんだっ、そのガタガタした喋り方は……?


ええ? わ、わたっ私もか? 


まっ、まあそれは良い……。


いいか、マセガキ?


これから夜明けまで語りあかすぞ……。


ねっ、眠らないようにだ……。


眠ったら死ぬ、これは、絶対に死んでしまうやつだ……。


 

……おい、なっ、何か喋れっ。


なななんでもいい、とりあえず思いついた何かでいいっ。


だっ、だが……きちんと、面白い話にしろよっ?


退屈、眠らされてしまっては適わんからな……。



無茶ぶり? わたっ、私こそ何か喋れ?


うっ、うるさいなっ、マセガキの癖に生意気だっ。


ほらっ、早くしろっ……、なんだか眠くなってきた……


(ガサゴソ音)

 

……っ??!!


(頬を思い切り張り倒される音)


おっ、おまっ?! おまっ、おまえっ?! わたっ、私の胸……、おまっ、おまえなぁ! 


あっ、ああ……、眠気は覚めたともっ、ははっ、そうだな!


お前への殺意でぶっ飛んださ……。


……このマセガキめ。


こんな時までセクハラか、まったく……!


(入口から冷たい風が吹き込んだ)


…………ぅう、クソっ、まったく、まったく持って業腹だ……。


(再び抱きしめあう、今度は後ろから、包み込まれるように)


……次何かしたら、今度はお前のハラワタで暖を取る。


分かったら、大人しくゆたんぽになっていろっ、たく。



……私なんぞに発情しよって、この物好きが。



ん? なんだ急に? 好きな食べ物の話?


ああ……、私がしろと言ったんだったな。


お前のセクハラで頭からすっかり抜け落ちていた……、



……好きな食べ物か。


…………そういえばまだタバコが残ってたな、一つふかすか……。


(カバンを漁る音)


おっ、あったあった。よしよし、まだシケて無いな。



……あ? なんだマセガキ?


……文句があるならはっきり言え。


……スゥ~~~……、ハァァァ……。


…………。


(静かにタバコを消す音、じゅっと火種がつぶれて途絶えた)

 

……駄目だ、余計体が冷えた気がする。


 

くそっ、マセガキがタバコの話題なんてふるからだぞ……?


(ぎゅっと、腹に回された腕に力こもる。より一層体が密着して、首筋にお姉さんの唇が這う)


うりゃ、うりゃ……。



酔ってるのかって? 


……ああ、酔ってる。


体温をあげるために酒を飲んだが、どうやら飲みすぎたらしい。


……お前も飲むか?


ははっ、そうか、酒はまだ苦手か。


おこちゃまめ。


……スンッ、スンスン。


ははっ、クサい、クサいぞ。


発情の匂いで鼻が曲がりそうだ。


スンスン、フゥ…………。



まったく、こんな凍えそうな夜に、マセガキは随分と元気だな?


(僅かな布を隔てて伝わる熱、それが身じろいで擦れて。)


(お姉さんの長い髪が、僕の肩をしゅるりと滑る。)


(吐息が、耳を嬲る。)


……なぁマセガキ。


お前は、私の事が好きなのか?



……ははっ、素直だな。素直な子供は嫌いだ。


自分が、小狡くあくどい私が惨めになる。



……ははっ、そうか。


お前からすれば、そうなんだろうな……。


…………。

 

(吐きかけられた熱気に、続くねぷりと、水の弾ける様な音。)

(耳を舌で舐められているのだと、遅れて理解した。)


……ん、おい……、なに逃げようとする?


お前はずっと、こうしてほしかったんだろう?


ほら、逃げるな。

 

(水音が続く)


んっ、ふぅ……。

 

(固い洞窟の床に、体を馬乗りに抑えつけられる。)

(焚火の柔らかな灯りがそのおもを、昏い静謐から露わにした)


……うるさい……、うるさいぞ、お前。


(衣擦れの音、体を這う指先の感触)

(制止の言葉を、噛みつくような唇が遮り閉ざした)



 ◇◇◇


(パチパチと、傍らで焚火の燃ゆる音がする)

(薄絹一つなくじかに擦れ合う熱に意識をとろつかせ、未だ吹雪は続いていた)


……どうした? マセガキ?


ん……、そうか、私の名前が知りたいのか……。


……まぁ、いいか。


”ツェツィーリア”、それが私の名前だ。


かわいい名前だろ?、私にはてんで似合わない……。



ふふっ、マセガキめ。


口説き文句だけは一丁前だな?



……不思議だ。


こうやって、誰かに自分の名前を呼んでもらうなど。


もはや考えもしていなかった。



それがこんな、あけすけなだけのマセガキなんぞに……。


ふふっ、まったく、まったくだ。


まったくもって度し難い。



……だが、悪い気はしないな。


(心音と吐息。繻子が擦れ合うような音)


(そのまま、微睡みの中にいるような時間が過ぎて、やがて吹雪が止んだ。)




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ノーカット版はFA〇ZAにてお楽しみください(そんなものは無い)。

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