第三話 追憶③
(吹きすさぶ煤くれた風の音)
(過ぎ去ったばかりの戦禍に、未だ尾を引く獣の気配)
(至る所でうめき声と怒号、泣き叫ぶ女の声と下卑た笑いが立ち込めていた)
……よく目に焼き付けておけよ、マセガキ。
この戦野が、
血と油の匂いが立ち込めるこの場所が、今日の私たちの狩場だ。
……選り取り見取りだろう?
血に溺れる蛆、金に這いずる蛆、女の体に纏わる蛆。
際限は無い、潰しても潰しても……
それこそ湯水のように沸いてでてくる。
(女の悲鳴、腹を潰されるように覆いかぶさられ、えずくように息を繰り返している)
(背筋を熱が這い上り、無防備な耳元をお姉さんの吐息が侵略した)
……ん、マセガキはあの蛆が好みか?
あぁ、そうか……、お前のシスターがか……。
ははっ、それは可哀そうになぁ。
浮かばれぬだろうなぁ……。
……私はその死に様を見ていないし、お前も最後まではみていないのだろう?
なら、ここで一つ見ておこう。
お前の大事なシスターが、
どうやって嬲られ、犯され、死んだのか……
……そうだ、怒りを滾らせろ。
それが、お前の力になる。
……ははっ、そうか。もう”待て”はつらいか?
ああ、全員殺していい。
ここにいるのは、誰かが潰さなければいけない蛆虫どもだ。
潰し方はなんでもいい、蛆虫なら、どれを潰しても問題ない。
楽しめよ、少年、私も好きに殺す……
──ほれ、”よし”だ。
(最後に、一際強く脳を揺さぶった囁き。それを遥か後ろに残して数瞬、握りこんだ一振りの短刀から重く、肉の味が伝わってきた。)
◇◇◇
(どれだけの時間が経ったのかは分からない。)
(気づけば喧噪も悲鳴も怒号も、何一つも聞こえなくなっていた。)
(滴り落ちる粘性の赤、それが繰り返す静謐な音響にふと、ザッザッと足音が踏み入ってくる。)
ははっ、初めてにしてはよくやったじゃないか、マセガキ。
見渡す限り死体の山だ。
逃がした数も多いか……。
そうだな、お前はもっと強くならないとな。
そうでなきゃ、潰せるやつも潰せない。
……ん? お前……、怪我してるじゃないか、見せてみろ。
かすり傷って……、いいか?
こういう小さな傷から体は腐り始めるんだ。
いいから見せるんだ、消毒してやる。
(水が滴る音、ついでしゅるりと包帯が腕に巻かれる)
……いいか、マセガキ。
私は保身を優先しろとは言わんよ。
傷を負って蛆を一つ潰せるなら、私だって喜んで傷を負う。
だが。
血も肉も骨も、どれも限りがある。
命の使いどころを考えろ。
……それこそ、家族の仇にでもだ。
ああ、そうだ。
分かってくれてお姉さんは嬉しいよ、うんうん。
……まぁ、その素直も考えものだがな。
説教ついでにもう一つだ。
マセガキ、お前はもっと狡猾に生きろ。
私なんぞに信をおいているようでは、いつか足元を掬われるぞ?
ああ、なんせ私はずる賢くあくどい狼の女だからな。
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