第3話 決闘
「ルーベンスデルファー、命乞いするなら今のうちだぞ。したところで許さんがな!」
セント・ラースロー帝国随一の騎士なのだ、後れを取ることなどあるまい。
さっきまでの狼狽が嘘のように顔に生色を取り戻したランスロットが顎を上げ、嘲笑う。
「……」
男は何も言わない。
静かに佩剣を抜くと己の眼前に真っすぐ立てた。正々堂々と戦う覚悟の印である。
ティルガゾールは真っ赤なマントを従者に預けて身軽になると、同じように剣を立てた。
(ルーベンスデルファー)
(この人の名前はルーベンスデルファーというのだわ……)
後ろで見守るエインゼルは、男の名前をこのときになってようやく知った。
人々が息を呑み見守る中、皇子の傍に控えていた一人の近習が恐る恐る二人の間に進み出て一礼すると赤い花を天井へと放った。この花が地に落ちた瞬間が決闘開始となる。
「!」
瞬間、ティルガゾールは愛用の段平を構えて果敢に踏み込んだ。速攻勝負とばかりに間合いを詰める。
ところがルーベンスデルファーは、無造作に後ろへ飛び退った。
決闘を叩きつけた男だけに怒りに燃えて打ち込んでくると思っていたティルガゾールはたたらを踏んだような格好でかわされてしまった。
転瞬、ルーベンスデルファーは猛然と攻勢に転じた!
「くっ!」
凄まじい刺突に風がうなる。ティルガゾールは顔面へ迫った剣を横向きにした己の剣でかろうじて受け止めた。ぶつかり合う剣と剣から鈍い金属音が響く。息を詰めて見守っていた人々の口から悲鳴にも似た声が上がった。
ティルガゾールは喘ぐように息を吐き、なんとか突き放す。距離を開けたルーベンスデルファーへ打ち込もうとしたが、それを見越していたルーベンスデルファーは裂帛の気合いと共に剣を鋭く横へ薙ぎ払った。
「!!」
あやうく踏み留まったものの、ティルガゾールの軍服が剣先に切り裂かれ、無様にはだけた。
両者はそれぞれの剣を構えなおし、再び睨み合う。
ルーベンスデルファーはティルガゾールと同じように息を荒げていたが、その鋭い目はいささかも揺らいでいない。
(こいつ……!)
ティルガゾールはムキになって打ちかかったがルーベンスデルファーはそれを冷静に捌き、剣を弾き返した。そのたびに短く鋭い反撃を加え、小さな傷を与えてゆく。
ティルガゾールの腕はいつしか血塗れ、傷だらけになってしまっていた。
当初はこんな奴と高をくくっていたティルガゾールは、対戦者が侮れないどころか恐るべき剣技の持ち主と知ってゾッとなった。
(簡単に勝てるどころじゃない。このままじゃ嬲り殺しにされる……!)
ティルガゾールの額に思わず焦慮の汗が滲んだ。
だがそんなところへ、何も理解していないランスロット皇子から「何をグズグズしている! そんな奴などお前なら鎧袖一触だろうが!」と叱責が飛んだ。
「!!」
絶対に油断があってはならない場面だった。集中していた気を余計な雑音で乱してしまったティルガゾールの隙をルーベンスデルファーは見逃さなかった。
「待っ……!」
真っすぐ突き入る剣にティルガゾールはかろうじて反応した。
だが狼狽した分だけ動きが鈍っている。ルーベンスデルファーは弧を描くようにしてティルガゾールの剣を己の剣に絡めて弾き飛ばし、容赦なく斬りつけた。
「ギャァァァァァァァァァァ!!」
獣のような悲鳴があがった。
肉が裂け、血しぶきが飛ぶ。敗者となったティルガゾールの剣が撥ね飛び、床に落ちた。
「し、勝負あり! そこまで!」
武技に心得のある者が慌てて勝者と敗者の間に割って入った。両手を大きく広げ決闘の終了を告げる。
手を切り裂かれて血まみれになったティルガゾールは「待てって言ったのに!」と泣きながら惨めに言い訳していた。二人の従者があわてて傍にひざまづき魔法で止血処置を施す。
だが、人々の前で刻まれたこの敗北と屈辱は消えることはないだろう。
「ティルガゾール! 余の顔に泥を塗り負って……愚か者が!」
「そ、そんな……」
「お前はクビだ! 二度と余の前に顔を見せるな!」
地団駄を踏んで喚きたてるランスロットをティルガゾールは恨めしそうに見上げたが何も言わず、そのまま従者に連れられて悄然と下がっていった。
「ルーベンスデルファー! エインゼル! お前らもだ……余に恥を掻かせおって……セント・ラースロー帝国から出て行け。追放だ! 二度と顔を見せるな!」
本来なら政略結婚の為に差し出された婚約者の虚偽を衆目の中で暴き立て、婚約を破棄して追い出すはずだった。
そして、集まった諸侯にアリストゥスを真の婚約者としてお披露目し、新たな婚約を宣言して賛美と祝福を浴びる……そんな予定だったのだ。
(それがどうしてこんなことに……)
ランスロットは頭を抱えたが、己の愚かさ故ということなど分かるはずもなかった。
一方のルーベンスデルファーは追放の宣告など気にする風もなく、ひらりと剣をひるがえすと静かに鞘へと納めた。言われなくともこの国を出てゆくつもりだったのである。
「貴女の名は……エインゼルと云われたか」
「はい……」
「フェリーリラ王国のロゼリア姫は亡くなるまでひたすらに母国を想う立派な方だった。姫の気高いご遺志への侮辱、俺がここに晴らさせてもらった」
晴らしたところで貴女の慰めにもならないが……と、告げる彼の瞳はおだやかで優しかった。
「……ありがとうございます。僭越ながらロゼリア様に代わり、心よりお礼申し上げます」
エインゼルはドレスの両裾を摘まんで首を垂れ、感謝を示した。ルーベンスデルファーは黙ってうなずくと踵を返した。
その場にいた人々は恐れおののき、去ってゆく彼に道を開け、その後姿を恐々と見送った。
「出ていけエインゼル! お前もさっさと出ていけ!」
半泣きで地団駄を踏み、なおも喚きたてるランスロットへ向き直ると、エインゼルはさっきと同じようにドレスの裾を摘まみ、頭を下げた。
「はい、お世話になりました」
涙に濡れた顔を上げる。
しかしベソを掻いているランスロットの顔と違って、エインゼルの泣き顔は晴れやかで凛としていた。
亡きロゼリア姫の想い、その誠実さをたった今、彼が証明してくれたのだから。
「……」
ランスロットはポカンとなって、今まで邪険に思っていた元婚約者の微笑みを見つめた。
そこにはアリストゥスの妖艶さとは対照的な気品が輝いている。
彼は己が身勝手に婚約破棄した少女が秘めていた美しさに、このとき初めて気がついたのである。
「ま、待て……」
だが。
その声は背を向けて静かに去ってゆく彼女に届くことはなかった……
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