第10話 #ビビタニの考察

「それで、宵山くんはそのホストに、しろぴちゃんのことを話さなかったんだね」


 ビビタニさんは堂々たる朱色の和装姿で、ケミカルなパッケージの煙草をふかしている。僕がティアラを被った女の霊と、噂をしていたホスト、自殺した女性について説明すると、ビビタニさんは煙の向こうで無精髭を撫でながら険しい顔をした。ビビタニさんがこうしてバーに出勤するのは、実に二週間ぶりだった。本業は怪談師のはずなのに、単行本を出したり、地方のイベントに参加したり、地上波のテレビ番組に出演したり、YouTuberとコラボ配信をしたりと、忙しい日々を送っている。そんな売れっ子怪談師が、無名の僕なんかと話す時間を作ってくれるのはありがたいが、僕はいつもビビタニさんを前にすると、零点のテストを父親に見せているような、そういう居心地の悪さを感じてしまう。


「自殺したのが自分の客だと知れば、面倒なことになると思ったんです」

「どうして?」

「情報の出所を探られたら、提供者であるゆゆちゃんを巻き込んでしまいそうで……」

「本当にそれだけ?」


 ビビタニさんは憮然とした顔で訊ねてきた。僕は返答に窮し、煙草に火をつける。


「僕はね。宵山くんの本心が知りたいんだよ」

「今のが僕の本心です。それ以上もそれ以下もありません」

「まあ、聞きなよ。長年怪談師をやっていると、他人の死のトリガーを引くことがある。それは抗えない運命だった気もするし、自分が選んだことのような気もする。よく分からないものだね」


 僕は黙って聞いていた。

 下手に口を開くと、自分の奥底に眠る本性を、ずるずると引き出されるような気がした。そもそも、駆け出しの怪談師の僕を、ビビタニさんのような人が弟子に迎えるのもおかしい。ビビタニさんは僕に可能性を見出したのではない。漠然と、何か他のものに興味があるのだと思った。


「今更僕のことを警戒することはないだろう」


 ビビタニさんはなだめるように言った。そうして煙を吐き出しながら、僕を見た。天井からぶら下がったライトの光が眼鏡に反射している。僕の本心を探るように見ている。


「僕は怪談師です。だから、怪異に巻き込まれて命を落としそうな人を見ても、助けようとは思いません」

「そうか」

「他人の生き死にに干渉する気がないからです」

「だな」

「僕はただ、怪異に巻き込まれて死にゆくものなら、その死にざまを。生かされるものなら、その人間模様を語りたいだけです」

「もう分かっただろう。きみは悲劇を喜劇として楽しむ側の人間だ。僕の目に狂いはない。宵山くん、きみはいい怪談師になるよ」


 僕たちはしばらく黙って視線を交わし合った。そうしているうちに、煙草はフィルターまで燃え尽き、僕は吸殻が死人のように折り重なる灰皿にそれを捨てた。


「それでね、宵山くん」


 唐突にビビタニさんは言った。僕は首を傾げた。


「そのホストが聞いたっていう、幽霊を遠ざける方法———あれは降霊術の一種だよ。ネットにも転がっている簡易的なものだけどね」

「じゃあ客の女性は、セナさんに恨みがあるってことですか?……いや、でも……御守りまで渡していましたし」

「ああ、そうだ。その御守りの特徴、もう一度聞いてもいいかな」


 大きさは三センチほどで、ふっくらとした香り袋のような形をしている。中央には、漢字一文字が刺繍されていた。僕はビビタニさんに特徴を伝えながら、人差し指を空中で動かし、その文字を描いた。


「確かこんな文字だった気がするんですけど。すみません、写真に収めてくれば良かったですね」


 ビビタニさんは一瞬、眉を顰めるようにしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「これは面白い」

「え?」

「宵山くん。その文字は多分、献上の『献』の旧字体だよ。以前、僕も同じ御守りを見たことがあってね。確か、人が立て続けに亡くなる貸し出し物件を取材したときかな。部屋の床下から出てきたんだ」

「どうしてそんな場所に御守りが? 住人か大家さんが置いていたんですか?」

「物件の前のオーナーは中年のご夫婦で、数年前まで大学生の一人息子に部屋を貸していたらしいんだ。でも、その息子は心臓発作で亡くなった。その後、同じ部屋に入居した人間が立て続けに亡くなって……なんでも、死んだ息子さんが寂しい思いをしないように、部屋に越してきた住人を贄として捧げていたらしいんだ」


 ビビタニさんは咥え煙草でそう言ったあと、スマホの画面を見せてきた。そこには確かに、御守りに刺繍してあった漢字が表示されている。


「さて、御守りの中身はなんだったと思う?」

「……息子さんの骨とか」

「正解は、彼が肌身離さず付けていたボディピアスだよ」

「どうしてアクセサリーだったのでしょう」


 僕が訊ねると、ビビタニさんはさあ、と言って首を傾げた。


「以外と骨や髪の毛より、本人が身につけていたものの方が、呪物に向いているのかもしれないね」


 そう言って紫炎を吐きながら、ふふふっと笑った。

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