第9話 #幽霊を遠ざける方法
え? ああ、酒? 今日はやめとくよ。なんかそういう気分になれなくて。
久しぶりだよね、会うの。一週間以上ぶり? まあ、色々忙しくてさ。仕事もそうだけど、体調が最悪でね。ぜんぜん食欲もないし、なに食べても吐いちゃうし、煙草も吸えないんだよ。
原因はなんだろう……。霊障? それはないって。御守り持ち歩いてるから、肌身離さず。でも……なんつーか、もう手遅れかもしれない。いや、自分でもよくわかんないんだけどさ。御守りとか、幽霊を遠ざける方法とか色々試しても、あの女、いなくならねぇんだよ。
え? お兄さん、怪談師なのに知らねーの? ほら、この間話した客———真矢ちゃんっていうんだけど、あの子に聞いたんだよ。幽霊を遠ざける方法。っていうのもね……あー、ちょっとこれ話すの嫌だな。違う違う。めんどくさいとかじゃなくて、思い出したくないっていうか。
んー、この間ね。出勤前に二丁目を歩いてたら、人混みの中にあの女を見つけたんだよ。相変わらずフラフラしてて、オレもなんか気になって、しばらく様子を見てたわけ。そしたらさ、突然、女がピタッと動きを止めて、オレに向かって腕を伸ばしてきたんだ。まっすぐに。顔は……まだ滲んでて見えなかった。それだけは救いだったと思う。でも、顔は見えなくても、明らかにオレを見ている感じがして。で、その夜ちょうど真矢ちゃんが店に来たから、通りで見たことを話したの。女がオレのほうに手を伸ばしてきたこととか。こっちを見てたこととか。
うん。それで、もう御守りだけじゃどうにもらないからって、幽霊を遠ざける方法を教えてもらったんだ……やり方なら、教えても大丈夫だと思う。
ちょっと待って、今スマホのメモ見るから。えーと、まず用意するものは、蝋燭五本とテーブルと、米が乗った皿とグラス。最初にリビングの窓を全部開けて、窓際に蝋燭を一本つけたあと、横に水を注いだグラスを置く。米の入ったお皿は部屋の角———どこでも良いって言われたから、オレは自分から見て左側の隅に置いた。で、その皿の前に立って目を閉じる。それで頭の中に浮かんだ数字を声に出して数える。そのあと、皿が置いてある角から反時計回りに部屋を回って、最後にテーブルの前に立つ。そこで二本の蝋燭に火をつけて、テーブルの真ん中に置く。最後にそのテーブルに頭を向けて眠る。これを二週間続けるように言われたよ。
うん、そう。この方法を試せば、幽霊を遠ざけることが出来るって。初日は効果覿面だったんじゃないかな。朝起きたら、蝋燭が消えてたのは予想通りだけど、皿の米は真っ黒にカビてて、グラスの水も、腐ったみたいに糸を引いてたし。え? 違うよ。効果が出てる証拠でしょ? 真矢ちゃんに電話してら、水が濁ったり米がカビるのは、幽霊がその中に吸い込まれた証拠だって。
でも、儀式を初めて三日経った頃かな。
朝方にコンビニに行った帰りね。マンションまで歩いてたら、遠くにあの女が立ってたんだよ。道の真ん中で、腕を伸ばして。怖いから迂回して帰ろうとしたけど、女が走ってきて。カツカツヒールを鳴らしながら、オレのほうに向かって真っ直ぐに。とにかく夢中で逃げた。マンションのエントランスに入れば、助かるって思ったけど、あいつは中まで入ってきて、もうエレベーター使う余裕無くて、必死に階段をのぼってさ。ほんと低層階で助かったよ。着いてすぐ体当たりするみたいにドアを開けて、後ろ手に鍵を閉めたのと同時だったかな。
ドンっ、ドンっ、ドンっ、ドンっ、ドンっ
ドアに何かがぶつかるような音が聞こえてきて。けっこう重さのある音だったから、多分、女が体当たりしてたんだと思う。
とにかく混乱して頭がどうにかりそうで、真矢ちゃんからもらったあの御守りを握ったとき、急に音が止んだんだ。ほんと、助かったわ。え? 女の顔?……ああ、うん。どうだったかな……ちゃんと見てないかも。
※
「とにかくセナさんが無事でよかったです。ほんとに」
セナは力なく笑った。初め会った日のギラギラしたオーラはなりを顰め、白い頬はげっそりと痩け、目の下にはクマができている。
「それで、そっちはどうなの? 女について、何か分かったことある?」
「すみません。今のところはなにも」
「そっか、また何か分かったら教えて」
そう言うと、セナはフラフラとした足取りで店を出て行った。
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