第8話 #ゆゆとしろぴ

 店を出た瞬間、タイミングを見計らったかのようにSNSにメッセージが届く。通知を見るとめろにゃの友人からだった。


『宵山さん、こんばんは。めろにゃから紹介されたものです。今ビジホの前にいるんですけど来れます?』


 添付されていた地図には、ここから徒歩五分ほどの場所が表示されている。近くで会えるなら願ったり叶ったりだった。


『ご連絡ありがとうございます。すぐ向かいます』


 指定されたビジホ前の路上に、女の子が一人で座っていた。彼女の顔はホテルの光とは逆を向いていて、そのせいかやけに暗く見える。声をかけると、彼女は顔を上げて「お兄さんが宵山さん?」と尋ねてきた。


「私のことは、気軽に《ゆゆ》って呼んでください」


 聞けば、彼女はまだハタチだという。金髪とつけまつ毛と派手な化粧をしていて、ひどく大人っぽかった。聞けば、ゆゆがその女性と初めて会ったのは、飛び降りる二ヶ月ほど前だったという。


「私もその子も路上に一人でいたの。話しかけたら気が合ったから、飲みに誘って二人でバーに行った。帰り際に連絡先交換して、何回か一緒に遊んだと思う」


 その女性の名前は《しろぴ》。彼女と一緒にバーに行くと、周りの男たちが色めき立ったという。


「冗談抜きできれいな子だった。スタイルも良かったし、とっても明るくて。でも、事件のすぐ後にSNSで拡散された写真を見たときは、正直、驚かなかった」


 そう言ってゆゆが見せてくれたスマホ画面には、飛び降りた直後の現場が写っていた。ひらひらとしたワンピース姿の少女が、仰向けに倒れている。頭の辺りに大きな血溜まりが広がりっていて、腕と脚が嫌な方向に折れ曲がっていた。周りにはガラスの破片のようなものが飛び散り、陽光でキラキラと反射している。

 どうやら野次馬が撮ったものらしい。

 僕は直ぐに目を背けたが、この街に出入りするものたちの間で、今も拡散されているという。


「見た瞬間、しろぴだってわかったよ」


 ホストクラブなんて行かなければ良かったのに、とゆゆは続ける。聞けばしろぴは連日のようにホストクラブへ通い、驚くほどの金額を担当ホストに使っていたうえ、バースデーイベントでシャンパンタワーを約束していたらしい。そんな献身的な思いが通じたのか、しろぴは担当ホストからプロポーズされたと明かし、婚約指輪を見せてくれたという。


「バースデーが終わったら結婚しようって言われたんだって。でもね、当時のしろぴは、掛けだけで百五十万以上あったし、タワーまでやったら一千万は軽く飛ぶんだよ。だから、地方とか海外へ出稼ぎに行ったりして、お金貯めてたみたい」


 出稼ぎというのは、都市部以外の風俗店で働くことを言うそうだ。一週間あたり、最低でも三十万、中には百万以上を稼ぐ風俗嬢もいるらしい。


「しろぴも可愛いから、相当稼いでたと思う。でも、出稼ぎから帰ってきたしろぴは別人みたいにやつれてて。なんか担当に裏切られたんだって」


 最後にしろぴに会ったのは、飛び降りる一週間前だったという。あいつに裏切られた。と話すしろぴを、ゆゆは覚えていた。


「担当が既婚者だったの。ホストの掲示板に暴露されて知ったみたい。奥さんはどっかの店のナンバーワンキャバ嬢で、二人がマンションに入っていく写真の他に、奥さんの写真も上がってた。相当ショックだったと思う」


 私の人生、なんだったんだろう。って言ってた。ゆゆは夜空を見上げて小さく呟いた。


「しろぴはかわいいから、ホスト以外にも幸せになれる道はいっぱいあるよって。私何回も励ましたのに。結局、飛び降りて死んじゃった」


 私はしろぴの死なない理由にはなれなかったみたい、と付け加えるゆゆのことを、僕は可哀想だと思ってしまう。それは死んだしろぴも同じだけど。しかし、自殺した彼女がこの街から解放されたのは明らかだった。もう自分を犠牲にして、ホストに尽くすことも、裏切られることもない。きっと担当していたホストだって、彼女が死んだ事実に胸を痛めているはずだ。

 もしそうなら、是非取材して話を聞いてみたい。


「ねぇ、しろぴちゃんの担当ホストの名前教えてよ」


 ゆゆは、スマホを何度かタップしたあと、「いいよ」と言って、画面を見せてきた。

 そこに写っていたのは、黒いスーツを着たセナだった。

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