第6話 #めろにゃの話

 翌日の怪談ライブバーでの仕事も、なんだか身が入らなかった。休憩時間に飛び降り自殺に関する調べ物をしたり、昨夜聞いた話の要点を整理していたせいか、上手くスイッチが切り替わらない。

 結局その日はなあなあで仕事を終え、僕はその足で再び歓楽街へ向かうことにした。目的は『ティアラを被った女の霊』に関する聞き込みと、一ヶ月前に飛び降りた女性について調べるためだった。

 というのも、昨夜の話を整理すると、すぐにある仮説が浮かんだ———ティアラを被った女の霊は、ホストとトラブルになって死んだ女性ではないか。自分を酷い目に遭わせた相手を探しているから、ホストにしか姿を見せていないのではないか。

 さらに、セナの話によれば女が出没し始めたのは一ヶ月ほど前。そして女性が飛び降りたのも一ヶ月前である。二つの事象には、きっと、いや、絶対なにかしらの繋がりはあるに違いない。そうは思ったが、残念なことに現時点で分かっているのは、女性が若いことと飛び降りた日付、場所だけだった。教えてくれたロキには感謝しているが、明らかに情報が足りない。

 僕はとにかく夜の街を歩き回り、誰彼かまわず話しを聞いた。なんでもいいから二つの事象を繋ぐ証拠が欲しかった。それでもナンパやキャッチに間違えられ、精神的な限界を迎えた午前二時。「あたし、知ってるよ」と話す女の子に出会った。


「二丁目の廃ビルから飛び降りて死んだ事件でしょ? その子のことは知ってる。っていっても、私の友だちが知ってるんだけど」


 そう言って僕を見上げる。《めろにゃ》と名乗る彼女は、酎ハイの缶で作られたサークルの中心に座り、棒つきチョコレートを頬張っていた。


「その友だち、僕に紹介してくれない?」


 両手を顔の前で合わせて頼み込むと、めろにゃはその場で連絡を取ってくれた。


「なんかその子さ、ホストとトラブったみたい。ハマっちゃダメだよほんと。うちも担当がいるから言える立場じゃないけど、ホストは恋しちゃうと地獄。どんだけ優しくされても、向こうは金が目当てなだけだから」

「それがマジでわかんない。なんでハマるかな、ホストに」

「楽しいんだよ。愚痴聞いてくれるし、褒めてくれるし、可愛いって言ってくれるから、寂しいときに行く子が多いかも。お店に行けばお姫さまになれるし。お兄さんは分からないと思うけど、イケメンに優しくされると、好きって思うし、呼ばれたら行っちゃうし。私もそうだけど、ほとんどの客が二十代前半とかじゃない? ハタチくらいの子も多いよ。大学とか就職で地方から出てきて、ホストにハマって全部辞めて、風俗で働く子なんてざらだよね。昼職じゃ払えないから」


 僕はめろにゃの声を聞きながら、彼女たちの終着点ついて考えていた。

 担当ホストとの結婚? 恋人? もしそうだとすれば、叶えられるのはほんの一握りの人間だ。それ以外の人たちは、いとも簡単に打ち捨てられ、目的を失った身体で、この街を彷徨うことになる———ティアラを被った女のように。


「じゃあ、めろにゃも担当のために働いてるの?」


 僕が聞くと、めろにゃは気まずそうに笑った。


「そうだよ。昔は歯科助手やってたけど、今は風俗一本」

「それしんどくない?」

「しんどいよ。仕事もそうだけど、担当を支えるのはもっとしんどい。担当には他の客もいるし、自分もその一人じゃん。すごい嫉妬しちゃって、どんどん自分を追い込んで、死にたくなるの。死んだら楽になれるかな、とか、死んだら振り向いてくれるかなって思う。だからね。飛び降りちゃう子の気持ち、少し分かるんだ」


 胃もたれするほど重い話題なのに、めろにゃはずっと笑顔だった。彼女が触れたスマホの画面が、青く光って、反射して、彼女の眼尻に涙の跡が浮かぶ。本当は、寂しさを誤魔化しているだけなのかもしれない。この街は、そんな人間で溢れている。

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