第4話 #セナの話

 ここ一ヶ月くらいかな。

 このあたりにガラスのティアラを被った女が出るんだよ。間近で見たわけじゃないんだけど、人混みに紛れてウロウロしているのを、何度かね。

 お兄さん、キョンシーってわかる?

 そう。両腕をピンっと前に伸ばした状態で、ぴょんぴょん跳ねるやつ。あんな感じ。って言っても、女は両手を伸ばして、何かを探すみたいに指を動かしてるんだけど。

 その動かし方がさ、また気味悪いんだよ。

 なんていうの?こうエアピアノをぎこちなく演奏するみたいに、関節がカクカク動いてんの。やばいっしょ。遠かったからはっきり見たわけじゃないよ。どれぐらい離れてたかな……多分、五十メートル以上はあったと思う。

 とにかく、人混みの隙間からチラチラ見えたわけ。でね、一緒にいたツレ。ああ、こいつじゃなくて、新人の子に、


「あの女、なにか探してるんですかね」って訊かれて。

「パントマイムかなんかかな。通行人に無視されてかわいそ」

 なんて言うから、試しに、近くにいたキャッチのお兄さん捕まえて、女が見えるか聞いてみたんだよ。そしたら、見えないって言われたわけ。おかしくない? あんなやばい女を見落とすわけがないと思うっしょ。なのにどれだけ聞いても『見えない』の一点張り。

 で、なんとなくだけど、あいつはホストにしか見えない幽霊だと思ったんだ。

 女の特徴? ああ、ティアラを被ってる以外に? なんだろうな。全体的に滲んでるみたいで、はっきりわからない。うーん、髪は黒かったな。それと服は、地雷系をもっと痛くしたような感じ。フリルがついたピンク色っぽい服だった。良く言えば、童話の中に出てくるお姫さまみたいな。



「これは、なかなか興味深いお話ですね」


 僕は率直な感想を口にした。しかし、自分のストックにしたいかと問われれば「はい」と答えるが、賞レースで話せるかと訊かれたら「いいえ」と答えるだろう。

 なにせこの話にはオチがない。

 簡単に言えば、墓地に行って幽霊を見たとか、無人の音楽室のピアノが勝手に鳴った程度のものであって、怪談の重要な核といえる部分、この話でいうと、女の正体であったり、ホストにしか見えない理由が明かされていないのだ。謎を謎のまま残しておくほうが怖い場合もあるが、それは、幽霊が引き起こす現象や外見が怖いときだけ。現状、この怪談にはどちらも足りない。むしろ自分が見たものをそのまま述べただけで、完成すらしていない印象があった。


「な? めちゃくちゃ怖いだろ?」


 セナの問いに、僕は笑顔をつくろう。こういうとき、考えていることが顔に出ない性格で本当に良かったと思う。


「ええ、そりゃもう。最近聞いた中で一番怖いですよ」

「他に聞きたいことない? ほら、怪談として話すなら、詳しい情報があった方がいいでしょ」

「うーん、そうですねえ。新人さんの他に、女を見た人って、どのくらいいらっしゃるんですか?」

「店の連中は全員見てる。おれが確認したから間違いない。あとは、競合店のやつとか。ここで噂してんのも何度か聞いたことあるよ」

「全員ホストさん?」

「そうそう」

「なるほど。聞けば聞くほど不思議な話ですね」


 僕は横目で同席しているパーマの男を見る。パーマの男———パーマくんは相変わらずスマホをいじっていたが、目が合うと、怯えた顔で頷いた。


 ホストにしか見えない謎の女と、恋心を使って金を稼ぐホスト。構図はいたってシンプルに思えるが、なにかの拍子に化ければ面白い怪談になるかもしれない。

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