第3話 #ホストにしか見えない女
振り向くと、二人のホスト風の男たちがグラス片手に喋っている。一人は襟足を伸ばした髪を金色に染めて、ハイブランドのロゴが入ったTシャツを着ており、もう一人はパーマの掛かった黒髪で、光沢のあるスーツに身を包んでいる。女たちを拐かすようなオーラが、大理石の床に反射するので、僕は無意識に目を細めた。
「あれはね、ぜったい人間じゃないと思う。幽霊だよ。幽霊」
金髪の方の年齢は、二十代前半くらいだろう。涼し気な顔立ちで、陶器のような肌をしている。
「だとしても、ホストにだけ見える幽霊っておかしくないっすか?」
パーマの男がスマホをいじりながらそう答える。カウンターからだと表情が見えない。
「だって噂しているやつ全員ホストじゃん。キャッチも内勤も見たことないって言うし」
「セナさん。もういいじゃないですか」
「お前は気にならないの? なんでホストにだけ見えるのか。なんでティアラを被ってるのか」
「そんなことより、今はバースデーのこと考えないと。エース不在でどうやって乗り切るんですか」
「それは……ちゃんと考えてるよ」
セナ、と呼ばれる男が不貞腐れるのを眺めつつ、僕は夜職の知識が全くないことを恥じていた。直ぐにスマホの検索欄に『エースとは?』と打ち込もうとして、
「エースっていうのは、担当ホストにとって一番お金を使ってくれる姫のことですよ」
この空間で優しく話しかけてくれるのはロキしかいない。彼は僕のグラスに付いた水滴を丁寧に拭き取っている。
「ちなみにセナさんは、二丁目のクラヴシルバで、ナンバー入りしてます。年間二億プレイヤーだとか」
「に、二億!?」
思わず大声を上げると、少し離れた席に座っていた女性が、ぱっとこちらを向いた。小さい声で何かを言っていたようだが、周りの声が大きすぎて聞こえなかった。僕は軽い会釈をして、バーテンに向き直る。
「そこまで稼いでる人でも、幽霊は気になるんですね」
「そりゃそうでしょう。人間だれしも幽霊は怖いものです。で、どうです? 怪談師の宵山さんから見て、ティアラの女はホンモノだと思いますか?」
僕は両腕を組んで胸の前に置き、大袈裟に首を傾げる。頭を軽く掻いては、また考えるポーズに戻り、真剣に考えた。そして「わかんないっす」という結論にいたる。
「お兄さん怪談師?」
突然背後から男の声がした。すぐ後ろにセナが立っている。近くで見ると精巧な人形のように顔が整っており、その薄い唇が歪な笑みを作っていた。
「あ、ええと、すみません。僕……」
「いいのいいの。おれが地獄耳なだけだから」
セナは僕の顔をじっと見て、「ねぇ、怪談師ってやっぱ幽霊に詳しいの?」と尋ねてきた。確かに一般人に比べたら詳しい部類に入るかもしれないが、所詮その程度だ。霊能力者や民俗学の研究者のように、幽霊の噂を聞いただけで、妖怪の類であるとか、死霊とか生き霊とか、種類を判別できるわけではない。
「僕は怪談を蒐集しているだけなので、ご期待に沿えるかどうか」
「でもちょうどいいや。誰かに聞いてほしいと思ってたし」
セナはにっこり微笑み、後ろのボックス席へ来るよう、僕に促した。
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