第2話 #BAR ジャックハウス
職業、怪談師———と聞くと大抵の人間は、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。理由はただ一つ、職業として認知されていないからだ。
怪談師の主な収入源は、動画の配信、イベントやテレビ出演など、人によってさまざまで、僕は怪談ライブバーの専属怪談師として収入を得ている。
僕が勤務するバーは、お酒を飲みながら怪談を聞けるのが売りだった。全国に三店舗あり、僕はつい二ヶ月前、名古屋の系列店から東京の店舗に異動してきたばかりだった。
初めてこの街に立ったとき、まず驚いたのは匂いだ。香料と腐臭を混ぜたような匂い。それは地元では嗅いだことがない、不吉な都会の匂いだった。僕はこの汚れた街で、賞レースで勝てる怪談を探さなければならない。もし、最恐の怪談を見つけられたとして、僕の身体からはどんな匂いがするのだろう。不吉な匂いになっていないことを祈るばかりである。
※
バーでの仕事を終えた午前零時。
大通りを進んでいくと、ほどなくしてビビタニさんに紹介された雑居ビルに着いた。縦に並んだ看板の下に「BARジャックハウス」のネオンが浮かび上がっている。
ビビタニさんに送る証拠写真を撮り、薄暗く、狭い階段を降りていく。事前の話によれば、ここは一般客の他にも、夜職の人間がアフターで使っているらしく、近隣のバーより値段は高いが、その分面白い話が聞けるということだった。金を積んでも怪談が手に入るなら問題ない。地下に降り、ドアを引くと、BGMのジャズが飛び込んできた。
「いらっしゃいませ」
バーテンが低い声で言い、僕は軽い会釈を返した。とりあえずビールを注文して、カウンターの奥に腰掛ける。薄暗い店内を見回すと、ブランドもので武装した女たちと、ホスト風の男たちで、全ての席が埋まっていた。
「どうぞ」
バーテンからビールを受け取り、一口飲む。喉を通る苦味と冷たさが、一瞬だけ怪談へのプレッシャーを和らげてくれる。しかし、きつい香水と煙草の匂いが立て続けに鼻をついて、束の間の癒しは瞬く間にかき消された。じっとビールグラスを見つめる。その表情が固かったせいか、グラスを拭いていたバーテンに「口に合いませんでしたか?」と尋ねられてしまった。
「いや、美味しいですよ。とっても」
「じゃあなにかお悩みでも?」
少し掠れた、明るい声だった。
天井にぶら下げられた光度の低いシャンデリアの下で、男の顔が白く浮き立って見えた。同性の自分が言うのもおかしいが、いい男だった。顔立ちはテレビで見かける韓国アイドルに似ている。背もすらっと高い。国籍は日本だと思うが、金髪を真ん中で分けたヘアスタイルが、余計にそれっぽく見える。容姿端麗なうえに、気さくに話しかけてくるものだから、僕はつい心を許してしまった。
「実は、この近くの店で怪談師をしていまして。来月、出版社主催の賞レースに出場する予定なんですが、手持ちの怪談でいいものがないんです。だから新しく集めなければならなくて」
「ああ、もしかして宵山さんですか? ビビタニさんのお弟子さんの」
驚きのあまり硬直する僕を見て、バーテンは吹き出すように笑った。
聞けば、ビビタニさんはこの店の常連客で、酒を飲みに来るついでに、よく、弟子である自分の愚痴をこぼしているという。その流れで、「弟子が怪談の賞レースに出ることになったから、この店で取材させてくれ」と頼まれ、常連のよしみで了承したそうだ。
「僕のことはロキって呼んでください。黒木のロキ。ビビタニさんにもそう呼ばれています」
「ロキくん。これからお世話になります」
「うちの店なら———というかこの街なら、上質な怪談が仕入れられると思いますよ」
ロキはよほど自信があるらしい。何やら得意気だった。怪談の蒐集をしているとよく見かける態度ではあるが、こういう時は大抵ハズレなことが多い。
「ちょっと盛りすぎじゃないですか?」
「いやいや。宵山さんのことを心配しているんですよ。怖すぎて逃げ出すんじゃないかと」
そう言ってロキが自分の背後、テーブル席の方へ目を遣ったときだった。
「ガラスのティアラを被ったお姫さまが……」
不意に誰かの会話が耳に入ってくる。
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