勇気を下さい



 どうして『告白』を決意したのか、わたし自身よくわからない。


 ただ彼を遠くから見ているだけで満足で、想いを伝えることなど考えたことはなかった。


 空を飛ぶ鳥を仰ぐように、


 瞬く星を見上げるように、


 憧れを持っていただけ。


 これが恋だと言われれば違うような気もするし、それが恋だと言われればそうなのかもしれない。




 *




 彼は、いつも決まったコースを走る。


 校庭をぐるりと3周し、桜の街路樹の下を通り、町を見下ろす高台にある神社へ向かう。


 100段以上はあるだろうと思う長くきつい石階段を黙々と駆け登って行く。


 胸が透くような、すがすがしい後ろ姿。


 わたしの心はジンと熱くなる。


 そして、彼が振り返らないことをいいことにじっくりその背を堪能する。


(あんな風に走れたら気持ちいいんだろうな……)


 彼の後姿が階段の頂から境内に消えると、わたしは彼が階段を下りてくる前にその場を去る。


 走るのが彼の日課なら、その後ろ姿をこっそり見るのが私の日課だ。




 *




 わたしは、あまり体が丈夫な方ではない。


 日常生活に影響はないが、走ると胸がひゅーひゅーと音を立てて苦しくなる。


 だからだろうか? 自分にできないことが出来る彼の走る姿が好きなのは……。


 走っていれば誰でもいいのか、それとも彼が好きなのはわからなくなったわたしは、校庭を走る他の運動部員の姿を眺めてみた。


 一生懸命な姿はいいとは思うが、それ以上特別な感情は湧いてこなかった。




 今更ながら、自分の鈍さに呆れてしまう。


 


 そう、彼は特別なのだ……。




  *




 クラスも違う、話したこともない彼。


 何も知らなかったことに気づくと、急に胸が切なくなった。


 ――― もっと、彼のことが知りたい。




 何を感じ、


 何を考え、


 どんな顔をして走っているのか、


 後ろ姿ではなく、走る姿を正面から見たい。


 そう思った。




 わたしは、『告白』を決意した。


 周りの友達が騒ぐような恋を告げる告白ではない。


 ずっと見ていたことを白状する告白だ。


 


 だから神様。




 明日は、階段を上る背中ではなく、階段を下る彼の顔を見つめることができるように。




 わたしに勇気を下さい。


  




 ・ E N D ・


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