Ep.16 ダニットってなんですか?

「ダニって何?」


 今日は何故か水野さんが待っていた。そして僕に関して罵倒を飛ばしてきた、訳ではなかったのだ。

 ダニって言うのは疑問だったみたいで。


「最近おねぇ様が言うようになったのよ。ダニだ、ダニだって。フーダニとか、ホワイダニとかって……アンタ一体、おねぇ様に何を吹き込んだって言うの!? もしかしておねぇ様をダニの実験体にしようと考えてる!?」

「妄想がたくましいなぁ……」

「おねぇ様をそんなことに使うのならセクハラしなさいよ! あの白い肌と黒い髪をもっとエロい目で見なさいよっ! そしたら、ちゃんと訴えてやるんだからっ!」

「いや、セクハラを勧めちゃダメだろ!?」

「ダニって言われて、どう訴えればいいと思うの!? 警察に言っても、非科学的だとか妄想だとかって言って追い払われちゃうじゃない!」


 そこの良識と常識は持ち合わせているのか、と少し驚きそうになった。しかし、このまま微笑んでいたらたぶん蹴りを二、三発喰らうことになりそうなので、話を元に戻すことにした。

 絶対彼女は勘違いをしているから。


「あのさ……ダニって言うのは……フーダニットとかだと思うよ。この前、小説を書くテーマに悩むのなら、まずはダニットについて考えた方がいいって言ったから」

「ダニについて考えた方がいい?」

「まずは虫のダニから離れよっか」

「ミステリーのダニって何?」

「ダニットね」


 少し新鮮かもしれない。風村さんに関してはミステリーを知っていることもあるから、そもそも説明しなくても良い部分がある。ただ彼女に関してはかなりの初心者だと見受けられる。

 基礎ではあるけれども、重要。そちらを解説できるチャンスがあるのは良かったと思う。


「で、ダニットが何なのよ? その言葉が一体何になるっての?」

「ミステリーにとってはダニットは前に五つのものがつくんだ。まぁ、ただメジャーなのはフーダニット、ホワイダニット、ハウダニットになるのかな」

「もしかして、5W1Hの奴?」

「そうそう。誰が? どうして? どうやって? ってもの。一番ミステリーで馴染みがあるのがフーダニットだと思う。誰が犯人かっていう犯人当てはとっても盛り上がるからね」

「じゃあ、この前の不法滞在自動車破壊事件の犯人があたしかどうかっていう謎を生徒の中から探すのがフーダニットって訳か」

「そうそう……えっ?」


 今さらっととんでもない罪の告白をしなかったか。焦っている僕に対し、そんなことは一言も口にしていなかったかのような素振りに戻っていく。

 一体、何が起きていると言うのか。何も聞かなかったことにしておこう。僕は何もやっていない。警察がやってきたとしても、すぐに彼女を突きだそう。


「で……ホワイダニット。どうして、その事件が起きたかっていうのがあるね。これは犯人当てが好きな人からしたら、不人気なジャンルになっちゃうかもしれないね……でも人間ドラマのゾクゾクは楽しめるから。推理よりもヒューマンドラマとか恋愛とかそういうのを楽しみたいって人に関してはお勧めのジャンルだね」

「ハウダニットってのは?」

「どうやって犯罪を起こしたのか」

「って言っても、それってフーダニット、誰が犯人かの時もありそうじゃない?」

「まぁ、犯人が分かっていてそのアリバイとか密室とかを崩す話とかでハウダニって言葉が使われることは多いけど……普通にフーダニットとハウダニやホワイダニは両立できるからね。ミステリー作家の中でも謎も好きだし、ドロドロの人間関係も好きだって人はいるからさ」


 水野さんが少し可愛らしく、机にもたれかけて頷いている。納得してもらえるとなんか嬉しいものがある。

 ただ、彼女はまだ疑問が残っているようで。


「ワッツダニットってのはあるの? 後、5W1Hだとウェアもあるわよね。ウェンも」


 ワッツは何。ウェアは何処。ウェンは何時。

 これに関しては確かに捜査の情報で大切にしないといけないものがある。


「何を行ったか。まず殺人事件のミステリーだったら、あんまり単体で見ることはないよね。でも、ある。例えば消えた凶器は何だったのか、とか……でも、結構証拠は何だったのかとかもあるからね。ワッツダニットは多すぎて、あんま言葉としては使われないのかも。日常とか青春だと、その三つも使われるかも」

「どういうこと?」

「別に殺人じゃなくて、行方不明事件とか、犯行時刻がいつか知りたいってミステリーなら、ウェアミステリーもウェンミステリーもできるって訳だよ。でも時刻を知りたいっていうのは、少ないか……いや、主人公自体が事件に大きく関わらず、誰かの無実を知るだけの話だったら……」


 その僕のボヤキに彼女はポツリ。


「何だか本を紹介されてるみたい」


 そして僕の頭にピコン。


「そうそう。ダニット系の言葉って、読者が本を探す指標にすることも多いからね。さっきも言ったように、推理を楽しみたいならフーやハウ、人間関係ならホワイだとか、色々お勧めできるから。ダニットってそういうジャンル分けにも便利なんだよね」

「じゃあ、何で書き手のおねぇ様に?」

「これもさっき言ったけど。テーマがね。必ずこのテーマは決めといた方が話もブレブレにならずに書けるんじゃん? 探偵が何をすればいいのか、最終的に何を知ればいいのかっていう指標になってくれる。だから、最初に書く前にこれは何ダニットの話にすればいいのか、考えておいた方がいいってこと!」


 ミステリーも5W1Hは大事だってこと。

 水野さんは先程よりも大きく頷いている。


「なるほどなるほど……つまるところ、夜! 輝明だっけ? 生徒会の部屋の中で! ダニという細菌兵器を! ひそひそ作っている! こういう風な筋書きを作れば、警察もちゃんと伝わるってことね。ありがとう! 参考になりました!」

「いや、全く分かってなかったの!? 何で!? 今の話した僕の時間を返せよ!? 返してくれよ……! この大事な時間を……!」


 そうツッコミを入れる僕に彼女は唇を歪ませ、口にする。


「冗談ですよ……お茶目な後輩のイタズラ、位許してください!」

「あ……ああ……? 分かってくれてたの?」

「ええ……だから……ね」


 その瞬間、彼女は横へ。僕の右耳に大きく息を吹きかけた。

 くすぐったい、以上の感覚。耳の中で生暖かい空気がもぞもぞふわふわしていて、つい声が。


「ダニィ!?」

「これが本当のフー、ダニィ、とと」

「全く分かってくれてないんじゃ……!?」

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