Trick or Treat 1


『ぎゃーーーー!!!!』

 

 まだ朝も早い時間――突然の絶叫からその日は始まった……


 

【Trick or Treat】1



「コウ?!」


「アケさん?!」

 

 家の四方向から上がった悲鳴に、彗と翠はベッドから飛び起きるとパジャマのままで咄嗟にそれぞれ廊下へ出て目的の部屋へと走った。


 彗はコウの部屋へ、翠はアケの部屋へと急ぐ。


 そして、思い切りドアを開け放ち――次の瞬間――


『うわぁーー!!』


 彗と翠もまた、絶叫を上げた……。



 いつもなら朝食のいい香りが漂ってくるダイニングで、翠はコーヒーをカップへ注いでいた。


 パジャマからラフな服装へ着替えていたが、ただ……鼻の片方にはティッシュが丸めて突っ込んである。


 コーヒーが入ったカップを、椅子に座っている彗へそっと差し出す。


 彗の方もカジュアルな服装に着替えていたが、髪をおろしたままで片手を額へ当てていた。


「彗にいちゃん、大丈夫?柱に頭ぶつけたんだっけ?」


 鼻にティッシュを入れているので発音がこもっているが、翠もコーヒーを入れた自分のカップを持って彗の隣の椅子へ座った。


 彗は苦笑しつつ、受け取ったカップを見下ろす。


「ありがとな、ドアの角だ……お前の方こそ大人しくしてろ、鼻血飲んだら気分悪くなるぞ?」


「もう止まってるから大丈夫、けど……あれって、一体なんだろうね」


「分からないが……アケがまた変な実験して失敗したんじゃなさそうだな」


 それを聞いた翠がほんの少しだけ、ムッとした表情になる。


「いくらアケさんでも、今まで自分でやらかしたことに対して悲鳴上げたことないよ」


 彗は悪かったと言うように、軽く頷いた。


「だよな」

 

 折角いれたコーヒーを飲もうともせず、二人は深いため息を吐いた。


「――アケさんの実験ではないと思うよ」


 そう言う声と共にダイニングのドアが開き、入って来た人物を見た彗と翠は固まった――


 普段のショートヘアは肩まで長くなっており、若干ウエーブがかっていた髪がふんわりとカールしている。


 柔和な顔つきもいっそう柔らかくなり、紅い瞳が僅かに潤んでいるような輝きをしていた。


 着ているのはフリルのブラウスにリボンタイ、ミニのフレアスカートからはスラリとした美脚が覗いている。


 コウの髪色と瞳の色をした――"物凄く可愛らしい女の子"が室内に入ってきた。


「コウ兄さんが、姉さんになってる……」


 翠は持っていたコーヒーカップを思わず落としそうになり、彗は今日何度目かのため息を吐いた。


「俺が寝ぼけたとかじゃなかったんだな……」


 コウは履き慣れないミニスカートの裾を気にしながら、ぎこちない足取りで歩いてくる。


「ばあちゃんのクローゼットから若い時の服を借りたんだけど……腰から下がスカスカして落ち着かないんだ、スカートって風が入ってスースーするのか……」


 そう言いながら彗の向かい側へ座ったコウへ、すかさず翠がコーヒーを入れたカップを渡す。


「コウ、何があったんだ?」


 彗は可愛らしいコウから視線を外しながら、問いかける。


 朝、悲鳴を聞いてコウの部屋へ駆けつけた時――既にコウは今の姿になっていて、思わず彗は絶叫を上げてしまったのだ

流石にその場にはいられなくて、咄嗟に部屋を出ようとしてドアの角に額をぶつけてしまった。


「自分でも分からないんだ……朝、起きたらこの姿になっていて……肩幅が合わなくてズレたパジャマから胸が見えて絶叫しちゃって。翠の悲鳴が聞こえたから、アケさんも……だよね?」


 コウが問いかけると、翠はゆっくりと頷いた。


「僕も彗にいちゃんと同じで……アケさんの部屋に入ったら、その、パ……パジャマがズレて上がはだけてて――」


 そこまで言うのが精一杯らしく、翠は顔を赤くしてしまった。


 女の子と付き合ったことがない翠は、反応がわかりやすい。

 

(それで鼻血噴いたんだな……)


 コウはそっとため息を漏らす。

 今の姿を自分でも恥ずかしいと思うのだから、懐いているアケのことなら尚更だろう。


「なあ?こうなってるの、うさ耳だけじゃないか?」


 彗がふと、思いついたように疑問を口にする。


 言われてみれば、コウもアケもうさ耳持ちだ。


「何か共通点があるのかな?」


 翠がそういった時――再び静かにダイニングのドアが開いた。


「これ、きっと『ぴょんしー』の仕業なんです」


 物凄く可愛らしいソプラノの声とともに室内へ入って来たのは――


 淡いオレンジピンクに見える金髪の長い髪をポニーテールにして大きなレースのリボンで結び、パフスリーブのブラウスにミニのプリーツスカートを履いたアケだった。


 ただでさえ普段から女の子っぽい風貌なのに、今回の一件で完全にどこからどう見ても女の子にしか見えない。

しかもこちらもコウに負けず劣らずの可愛さと美脚だ。


「っ!!……あ、アケか?!」


「あ……アケさんもか」


「わ!!」


 三人が一斉に声を上げ、翠はまた鼻血を噴いて慌ててティッシュを掴んでいる。


 アケはほんのりと頬を赤くしながら、翠の向かい側の椅子へ座った。


「は、恥ずかしいので……あまり見ないでください……」


 モジモジとしていて、余計に女の子っぽさが出ている。


「アケ、お、お前……普段通りにしろよ?こっちが照れるじゃないか……」


 彗でさえなぜかオドオドしている。


「いやその前にアケさん、ぴょんしーって何?」


 コウが冷静に重要なことを聞いてくる。


 アケは翠の向かい側の席へ座ると、静かに話し始めた。


「ぴょんしーはうさ耳の可愛い妖精で、ハロウィンの日にだけ妖精界から出てくる存在です。

 イタズラ好きで、毎年何かイタズラをするっていう伝説があって、私とコウ君のこれもきっとそのせいなんじゃないかと……」


「確かに、図書館の文献にもぴょんしーの記述はあったけど、なんでアケさんと兄さんなの?」


 翠の言葉にアケは首を横に振った。


「気まぐれ、ですかね……ぴょんしーは気に入ったものや人にイタズラするって聞きますけど、理由はハッキリしていません」


「で、これを解く方法はあるの?」


 コウが最も重要なことを聞いた時、再びダイニングのドアが開く音がした。


「ぴょんしーは捕まえたよ」


 ドアから入って来たのは白髪にうさ耳をぴょこぴょこさせながら、ロングスカートにブラウス、エプロン姿の……。


『ばあちゃん!!!ぴょんしー捕まえたって?!』


「ワシはじいちゃんじゃ」


『……………………?!』


 物凄くマッチョで体格の良い、胸だけはグラマーなじいちゃんが透明なビニール袋を片手に持っているのを見た瞬間、全員笑いを堪えるのに必死になってしまった。


 皆声は出さないようにしているが、肩が震えている


「ちょ、ちょっと……待って。じいちゃんも女の子になってるけど、逞しいのはなんで?」


 翠が笑いを堪えながらそう言うと、祖父のギンは自分の姿を見下ろしながら、豪快に笑った


「普段から筋トレしとるからな、ばあさんになっても胸も体格も逞しいんじゃろ」


「そう言う問題なの?」


「……これ、早くなんとかしようぜ」


 コウはなんとなく納得のいかなそうな言葉を漏らし、彗は周囲のうさ耳が全員女子化したことを見ていられなくてボヤいた


「ぴょんしー捕まえたって、それですか?」


 一人だけ冷静に戻って椅子から立ち上がると、ギンが持っているビニール袋に近づきながらアケがそっと中を見た。


 大きな透明の袋の中には――うさ耳が生えているふわふわの金髪巻毛の小さな妖精が浮いていた。


 羽が半透明な虹色で、身体全体にホワッと光を纏っている。


 ぴょんしーは片方の腕を庇っているような仕草をしているのを、アケは見逃さなかった。


「ん?この子、怪我してる……出して手当てしてあげないと」


「姿を見かけた時には既に腕をかばっておったな……しかし、逃げられると困るが」


 ギンがそう言うと、アケは笑顔になった。


「手当てしてもらえるって分かればきっと逃げませんよ。ギンさん、この子、私に預けてもらえませんか?」


「……アケ君がそう言うなら、任せようかの」


 ギンはそっと袋をアケに手渡した。


 アケは袋の口が開かないように持ったまま、静かに中のぴょんしーへ話しかける


「ねぇ?君。腕の痛いのを治してあげるから、逃げずに大人しく出てきてくれる?捕まえられてビックリしただろうけど……酷いことをするためじゃないんだ、私達も突然女の子になってしまったから困っているんだ」


 そう言うと、ぴょんしーは少し考えてからこくりと頷いた。


「いい子だね、じゃあ出ておいで?」


 そうしてそっと袋の口を開けると――中からぴょんしーが静かに浮きながら出てきた。


 綺麗な青い瞳をしている。


 ふわっと浮きながらぴょんしーはアケの目の前へ移動してきた。


 アケはゆっくりと右手を伸ばすと、ぴょんしーへ掌を向ける。


 そうして意識を集中させると、掌から白い光が現れてぴょんしーを包みこんで一瞬で光が消え去った。


「もう痛くないね?」


 アケがそう聞くと、ぴょんしーは頷くと同時に何かに気が付いてハッとしたような表情を見せた。


 それを見て、アケが制するようにそっと片手の人差し指を自分の口の前に当ててにっこりと微笑む。


 ぴょんしーはアケを見ながら何度も頷いた。


「さて、どうすればこのイタズラ魔法が解けるのかな?」


 アケがそう聞いてみるが、ぴょんしーは首を傾げている。


 言葉は通じるし意思の疎通はとれる。


 だが、何を聞いてもぴょんしーは答えなかった。


「まいったな……これじゃどうにもならないですね」


 アケがため息まじりでそう呟く。


 ぴょんしーはすっかりアケに懐いたのか、彼女(彼)の肩に乗っていた。


「確か、ハロウィンが終わるまでにイタズラを解かないと、次のハロウィンまでの一年間そのままになる筈じゃ」


『えぇーー?!』


 ギンの言葉にアケとコウが同時に叫ぶ。


 流石に一年間も女の子の姿では色々と困る。


 その時、ぴょんしーがアケのブラウスを引っ張ってジェスチャーで外を指差した。


「外へ行きたいの?」


 するとぴょんしーは頷いて見せた。


 言葉が話せれば早いのだろうが、どうやらぴょんしーは人語は話せないのか、ジェスチャーでしか示せないようだ。


「この子の好きなことを一緒にしていれば、イタズラが解けるのかな?」


 翠が思いつきでそう言うと、ぴょんしーは頷く。


「ワシの若い時にもぴょんしーにイタズラされたことがあったが……確かあの時もそうだったような……」


 ギンの言葉にコウがため息を吐く。


「じゃあ、外へ行くしか……」


 そう言いつつ、コウは自分の姿を見て頬を赤くした。


「見た目がその格好でも大丈夫だろ、普通に女の子だし……」


 彗がそう言ってギンの方を見る。


 マッチョなばあさん姿のギンは、外へ行けるのか?という、彗の無言の意思表示にギンは首を横へ振った。


「ワシは流石にこの格好では外へは……じゃが、魔法が解ければ全員元に戻るだろうし、お前達に任せるよ」


 そう言うギンにコウは頷いた。


「うん、じゃあじいちゃん。何かあったら連絡してね」


 コウがそう言うとギンは頷く。


「気を付けてな」


 そうして、ぴょんしーを連れた彼らは家を出た――

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