Trick or Treat


『ぎゃーーーー!!!!』

 

 まだ朝も早い時間――突然の絶叫からその日は始まった……


 

【Trick or Treat】


1 


「コウ?!」


「あけさん?!」

 

 家の四方向から上がった悲鳴に、彗と翠はベッドから飛び起きるとパジャマのままで咄嗟にそれぞれ廊下へ出て目的の部屋へと走った


 彗はコウの部屋へ、翠はあけの部屋へ


 そして、思い切りドアを開け放ち――次の瞬間


『うわぁーー!!』


 彗と翠もまた、絶叫を上げた――



 いつもなら朝食のいい香りが漂ってくるダイニングで、翠はコーヒーをカップへ注いでいた


 パジャマからラフな服装へ着替えていたが、ただ……鼻の片方にはティッシュが丸めて突っ込んである


 コーヒーが入ったカップを、椅子に座っている彗へそっと差し出す


 彗の方もカジュアルな服装に着替えていたが、髪をおろしたままで片手を額へ当てていた


「彗にいちゃん、大丈夫?柱に頭ぶつけたんだっけ?」


 鼻にティッシュを入れているので発音がこもっているが、翠もコーヒーを入れた自分のカップを持って彗の隣の椅子へ座った


 彗は苦笑しつつ、受け取ったカップを見下ろす


「ありがとな、ドアの角だ……お前の方こそ大人しくしてろ、鼻血飲んだら気分悪くなるぞ?」


「もう止まってるから大丈夫、けど……あれって、一体なんだろうね」


「分からないが……あけがまた変な実験して失敗したんじゃなさそうだな」


 それを聞いた翠がほんの少しだけ、ムッとした表情になる


「いくらあけさんでも、自分でやらかしたことに対して悲鳴上げたことないよ」


 彗は悪かったと言うように、軽く頷いた


「だよな」

 

 折角いれたコーヒーを飲もうともせず、二人は深いため息を吐いた


「――あけさんの実験ではないと思うよ」


 そう言う声と共にダイニングのドアが開き、入って来た人物を見た彗と翠は固まった――


 普段のショートヘアは肩まで長くなっており、若干ウエーブがかっていた髪がふんわりとカールしている


 柔和な顔つきもいっそう柔らかくなり、紅い瞳が僅かに潤んでいるような輝きをしていた


 着ているのはフリルのブラウスにリボンタイ、ミニのフレアスカートからはスラリとした美脚が覗いている


 コウの髪色と瞳の色をした――"物凄く可愛らしい女の子"が室内に入ってきた


「コウ兄さんが、姉さんになってる……」


 翠は持っていたコーヒーカップを思わず落としそうになり、彗は今日何度目かのため息を吐いた


「俺が寝ぼけたとかじゃなかったんだな……」


 コウは履き慣れないミニスカートの裾を気にしながら、ぎこちない足取りで歩いてくる


「ばあちゃんのクローゼットから若い時の服を借りたんだけど……腰から下がスカスカして落ち着かないんだ、スカートって風が入ってスースーするのか……」


 そう言いながら彗の向かい側へ座ったコウへ、すかさず翠がコーヒーを入れたカップを渡す


「コウ、何があったんだ?」


 彗は可愛らしいコウから視線を外しながら、問いかける


 朝、悲鳴を聞いてコウの部屋へ駆けつけた時――既にコウは今の姿になっていて、思わず彗は絶叫を上げてしまったのだ

流石にその場にはいられなくて、咄嗟に部屋を出ようとしてドアの角に額をぶつけてしまった


「自分でも分からないんだ……朝、起きたらこの姿になっていて……肩幅が合わなくてズレたパジャマから胸が見えて絶叫しちゃって

 悲鳴が聞こえたから、あけさんも……だよね?」


 コウが問いかけると、翠はゆっくりと頷いた


「僕も彗にいちゃんと同じで……あけさんの部屋に入ったら、その、パ……パジャマがズレて上がはだけてて――」


 そこまで言うのが精一杯らしく、翠は顔を赤くしてしまった


 女の子と付き合ったことがない翠は反応がわかりやすい

 

(それで鼻血噴いたんだな……)


 コウはそっとため息を漏らす

 今の姿を自分でも恥ずかしいと思うのだから、懐いているあけのことなら尚更だろう


「なあ?こうなってるの、うさ耳だけじゃないか?」


 彗がふと、思いついたように疑問を口にする


 言われてみれば、コウもあけもうさ耳持ちだ


「何か共通点があるのかな?」


 翠がそういった時――再び静かにダイニングのドアが開いた


「これ、きっと『ぴょんしー』の仕業なんです」


 物凄く可愛らしいソプラノの声とともに室内へ入って来たのは――


 淡いオレンジピンクの長い髪をポニーテールにして大きなレースのリボンで結び、パフスリーブのブラウスにミニのプリーツスカートを履いたあけだった


 ただでさえ普段から女の子っぽい風貌なのに、今回の一件で完全にどこからどう見ても女の子にしか見えない、しかもこちらもコウに負けず劣らずの可愛さと美脚だ


「っ!!……あ、あけか?!」


「あ……あけさんもか」


「わ!!」


 三人が一斉に声を上げ、翠はまた鼻血を噴いて慌ててティッシュを掴んでいる


 あけはほんのりと頬を赤くしながら翠の向かい側の椅子へ座った


「は、恥ずかしいので……あまり見ないでください……」


 モジモジとしていて、余計に女の子っぽさが出ている


「あけ、お、お前……普段通りにしろよ?こっちが照れるじゃないか……」


 彗でさえなぜかオドオドしている


「いやその前にあけさん、ぴょんしーって何?」


 コウが冷静に重要なことを聞いてくる


 あけは翠の向かい側の席へ座ると、静かに話し始めた


「ぴょんしーはうさ耳の可愛い妖精で、ハロウィンの日にだけ妖精界から出てくる存在です。

 イタズラ好きで、毎年何かイタズラをするっていう伝説があって、私とコウ君のこれもきっとそのせいなんじゃないかと……」


「確かに、図書館の文献にもぴょんしーの記述はあったけど、なんであけさんと兄さんなの?」


 翠の言葉にあけは首を横に振った


「気まぐれ、ですかね……ぴょんしーは気に入ったものや人にイタズラするって聞きますけど、理由はハッキリしていません」


「で、これを解く方法はあるの?」


 コウが最も重要なことを聞いた時、再びダイニングのドアが開く音がした


「ぴょんしーは捕まえたよ」


 ドアから入って来たのは白髪にうさ耳をぴょこぴょこさせながら、ロングスカートにブラウス、エプロン姿の……


『ばあちゃん!!!ぴょんしー捕まえたって?!』


「じいちゃんじゃ」


『……………………?!』


 物凄くマッチョで体格の良い、胸だけはグラマーなじいちゃんが透明なビニール袋を片手に持っているのを見た瞬間、全員笑いを堪えるのに必死になってしまった


 皆声は出さないようにしているが、肩が震えている


「ちょ、ちょっと……待って。じいちゃんも女の子になってるけど、逞しいのはなんで?」


 翠が笑いを堪えながらそう言うと、祖父のギンは自分の姿を見下ろしながら、豪快に笑った


「普段から筋トレしとるからな、ばあさんになっても胸も体格も逞しいんじゃろ」


「そう言う問題なの?」


「……これ、早くなんとかしようぜ」


 コウはなんとなく納得のいかなそうな言葉を漏らし、彗は周囲のうさ耳が全員女子化したことを見ていられなくてボヤいた


「ぴょんしー捕まえたって、それですか?」


 一人だけ冷静に戻って椅子から立ち上がると、ギンが持っているビニール袋に近づきながらあけがそっと中を見た


 大きな透明の袋の中には――うさ耳が生えているふわふわの金髪巻毛の小さな妖精が浮いていた


 羽が半透明な虹色で、身体全体にホワッと光を纏っている


 ぴょんしーは片方の腕を庇っているような仕草をしているのを、あけは見逃さなかった


「ん?この子、怪我してる……出して手当てしてあげないと」


「姿を見かけた時には既に腕をかばっておったな……しかし、逃げられると困るが」


 ギンがそう言うと、あけは笑顔になった


「手当てしてもらえるって分かればきっと逃げませんよ。ギンさん、この子、私に預けてもらえませんか?」


「……あけ君がそう言うなら、任せようかの」


 ギンはそっと袋をあけに手渡した


 あけは袋の口が開かないように持ったまま、静かに中のぴょんしーへ話しかける


「ねぇ?君。腕の痛いのを治してあげるから、逃げずに大人しく出てきてくれる?捕まえられてビックリしただろうけど……酷いことをするためじゃないんだ、私達も突然女の子になってしまったから困っているの」


 そう言うと、ぴょんしーは少し考えてからこくりと頷いた


「いい子だね、じゃあ出ておいで?」


 そうしてそっと袋の口を開けると――中からぴょんしーが静かに浮きながら出てきた


 綺麗な青い瞳をしている


 ふわっと浮きながらぴょんしーはあけの目の前へ移動してきた


 あけはゆっくりと右手を伸ばすと、ぴょんしーへ掌を向ける


 そうして意識を集中させると、掌から白い光が現れてぴょんしーを包みこんで一瞬で光が消え去った


「もう痛くないね?」


 あけがそう聞くと、ぴょんしーは頷くと同時に何かに気が付いてハッとしたような表情を見せた


 それを見て、あけが制するようにそっと片手の人差し指を自分の口の前に当ててにっこりと微笑む


 ぴょんしーはあけを見ながら何度も頷いた


「さて、どうすればこのイタズラ魔法が解けるのかな?」


 あけがそう聞いてみるが、ぴょんしーは首を傾げている


 言葉は通じるし意思の疎通はとれる


 だが、何を聞いてもぴょんしーは答えなかった


「まいったな……これじゃどうにもならないですね」


 あけがため息まじりでそう呟く


 ぴょんしーはすっかりあけに懐いたのか、彼女(彼)の肩に乗っていた


「確か、ハロウィンが終わるまでにイタズラを解かないと、次のハロウィンまでの一年間そのままになる筈じゃ」


『えぇーー?!』


 ギンの言葉にあけとコウが同時に叫ぶ


 流石に一年間も女の子の姿では色々と困る


 その時、ぴょんしーがあけのブラウスを引っ張ってジェスチャーで外を指差した


「外へ行きたいの?」


 するとぴょんしーは頷いて見せた


 言葉が話せれば早いのだろうが、どうやらぴょんしーは人語は話せないのか、ジェスチャーでしか示せないようだ


「この子の好きなことを一緒にしていれば、イタズラが解けるのかな?」


 翠が思いつきでそう言うと、ぴょんしーは頷く


「ワシの若い時にもぴょんしーにイタズラされたことがあったが……確かあの時もそうだったような……」


 ギンの言葉にコウがため息を吐く


「じゃあ、外へ行くしか……」


 そう言いつつ、コウは自分の姿を見て頬を赤くした


「見た目がその格好でも大丈夫だろ、普通に女の子だし……」


 彗がそう言ってギンの方を見る


 マッチョなばあさん姿のギンは、外へ行けるのか?という、彗の無言の意思表示にギンは首を横へ振った


「ワシは流石にこの格好では外へは……じゃが、魔法が解ければ全員元に戻るだろうし、お前達に任せるよ」


 そう言うギンにコウは頷いた


「うん、じゃあじいちゃん、何かあったら連絡してね」


 コウがそう言うとギンは頷く


「気を付けてな」


 そうして、ぴょんしーを連れた彼らは家を出た――



 2



「外へ出たのはいいけど、ぴょんしーは何がしたいのかな?」


 翠があけの肩に座ってニコニコしているぴょんしーを見ながらそう言う


 街は今夜のハロウィンの準備で朝からすっかり賑やかだった、屋台の準備や飾り付けの音、人の声が街中に響いている

夜になればランプやロウソクの灯りで煌びやかになるだろう


「そうですね……」


「このまま全員でウロウロしても埒があかない、二手に分かれて片方はぴょんしーについて調べて、もう片方はこいつがやりたい事をさせてみるっていうのはどうだ?」


 あけが悩んでいると、彗が少し考えてから提案を出してきた


 彗の言葉にコウは頷く


「そうだね、ぴょんしーはあけさんに懐いているみたいだし、この子はあけさんに預けて……翠、大図書館にぴょんしーの記述書はあるんだよね?」


 コウに問われて、翠は即座に頷いた


「あるよ、けど、イタズラ魔法の解き方までは載っていなかった気がする……文献の棚はどこか分かってるから僕が見てくるよ」


「うん、じゃあ、翠は大図書館へ行って。後はHitoyoでイオさんに情報を貰うか」


 Hitoyo――は東区と中央区の境い目にあるBARの名前で、店主は裏で情報屋をやっている


 コウの提案に、彗が軽く手を挙げる

 

「イオさんなら顔馴染みだし俺が行こう」

 

 彗がそう言い、コウと翠は頷いた


「じゃあ、オレとあけさんでぴょんしーを見てるから何かあったら即連絡。それでいいよね?あけさん」


 コウに聞かれて、あけはハッとしたように顔を上げた。あけはどこか上の空で、何かを考えていたようだ


「あ、えぇ。私はそれでいいですよ」


「あけさん?大丈夫?」


 その様子をすかさず翠が気に留める


「大丈夫、そちらはお任せします――ぴょんしー?何かしたい事はあるの?」

 

 肩に乗っているぴょんしーへ話しかけると、このふわふわとした雰囲気の可愛らしい妖精は、辺りをキョロキョロと見回してある方向を指さした


 指の先には東区でも有名な屋台のジェラートのアイスクリーム屋があった


「アイス食べたいのかな?」


 あけがそう言うと、ぴょんしーは頷く


 それを見たコウも頷いた


「よし、じゃあ各自行動開始で――皆、気をつけて」


 彗も頷いてBARがある方面へと歩き出し、翠は大図書館がある方向へ向かって歩きだす


「じゃあ、アイス買いに行こうか」


 コウに促され、あけは頷いた――



 * * * * * * * * *



 アイス屋の屋台はクラシックな雰囲気の木製で、人気があるからか普段は混んでいる


 だが、今日はハロウィンの準備でみんな忙しいのか比較的空いていた


 あけはそのままアイスの陳列してあるカウンターへ進み、ガラスケースを覗き込む


「ここのはどれも美味しいんですよ、どれにする?」


「うん、オレも時々買ってる」


 見た目は完全に女の子だが、思わずコウが"オレ"と言ってから口を抑えた


「あ、わ……私――ね」


 あけはそれを見てクスッと笑った


「今は"私"の方が無難でしょうね、どれにするか決まったかな?」


 そうすると、ぴょんしーはオレンジ色のアイスを指さす


 それは明るくて濃いめのオレンジ色のジェラートだった


 表示には『パンプキン』とある


 あけは頷くと店員の男性へ声をかけた


「あの…パンプキンジェラートをコーンで一つ」


 にっこり笑ってそう言うと、店員の男性は一瞬固まった

掴んでいたアイスのトングを落としそうにして慌てている


(あれ?私なにかしたかな?)


「パ、パンプキンですね、少々お待ちを」

 

 あけがそう思ったのも束の間、店員は慌ててジェラートをコーンへ盛ると手渡してくれた


 ところが、渡されたジェラートはパンプキンだが盛りがよく、更にバニラのジェラートまで渡そうとしてくる


「あれ?私が頼んだのはパンプキンだけなんですけど?しかもこの量……」


 怪訝そうにそう言うと、店員は顔を赤くしながら照れたようにあけとコウを見て笑った


「お嬢さん達可愛いし……パンプキンはハロウィン限定で、バニラは今度リニューアルした新しい味なんです。あ、いやその……盛りの上乗せとバニラのお代はサービスするので、後から味がどうだったか教えに来てくれればいいので」


 そう言われてあけとコウは一瞬ポカンとしてしまったが、『お嬢さん』が自分達の事だと気がついて顔を赤くした


「え、嬉しいけど……いいんですか?」


 あけがそう言うと、店員はぶんぶんと首を縦に振る


「お兄さん、ありがとう♪」


 照れているコウに対し、あけは差し出されているアイスを受け取ると満面の笑顔でお礼を言ってその場を後にした


「あけさん……笑顔振り撒くの上手いよね」


 バニラアイスを複雑な表情で見つめながら、コウが呟く


 ぴょんしーにアイスを食べさせながら、あけはあっさりと笑った


「だって、可愛いって事でサービスしてもらえる体験なんて今しかありませんからね。ああいう時のお返しは笑顔でしょ」


(この人、侮れない)


 そう思いながらコウが食べたバニラアイスは、物凄く美味しかった――


 

 * * * * * * * * *



 あけと離れるのは心配で心残りだったが、翠は見慣れた門をくぐって大図書館へ入った


 自分の職場でもあるこの大図書館は、国内で最も大きな規模を誇っている


 木目調で統一された書架やテーブルが並び、ゴシックな雰囲気がいつまでもここで本を読んでいたくさせる


 受付の見知った同僚へ軽く手を挙げて挨拶しながら、そのまま二階へ続く階段を上る

 休みの日でも翠は個人的に本を読みによくここへ来るからか、スタッフとすれ違っても皆気軽に通してくれる


「確かこの辺に……」


 書架を見ながら目当ての文献を探す


 勤める以前から、翠は読書が好きで興味があるものは何でも読んでいる


 そうして、目の端に古びた革張りの背表紙の本を見つけて手に取った


 もうかなり古いが、しっかりとした装丁が施してある

 

「あった」


 翠は手近な椅子に座ると静かにページをめくっていった


 そして、あるところで手を止める


「やっぱりこれか……」


 それは、国内に出没すると言われている伝説の妖精の類の詳細が書かれた文献をまとめたもので、今朝から見慣れた妖精の絵が描かれていた


 長いうさ耳・淡い金髪の巻毛、青い瞳・可愛らしい容姿に特徴は虹色に光っている透明な羽


 絵の下部には『ハロウィン妖精 ぴょんしー』と書かれている


 翠は注意深くページを見ていった


 この妖精、妖精界でも非常に個体数が少なく希少種で普段は単独で住んでいるが、ハロウィンの日だけこっちの世界へやってくる

 理由は仲間を見つけるためとも言われているが、はっきりとした事は解っていない


 賢く人語も理解し会話も出来る、普段は臆病だがハロウィンだけはイタズラをして気をひくといい、イタズラ魔法はさまざま、その日のうちに魔法が解けなければ次のハロウィンまで効果はそのまま持続する


 兄のコウとあけがそのまま女の子として一年間、一緒に過ごすのはちょっと勘弁して欲しいところだ


――あれ?


 翠はページを捲る手を一旦止める


 会話は出来る?――今あけと一緒にいるぴょんしーは、こちらの話は理解できているが話せない


(何故だろう?)

 

 翠はそう思いつつ、ページの先を読んでいく


 イタズラの種類はぴょんしー次第で、決まっていない


 こちらの世界で気に入った相手を妖精界へ連れて行く事がごく稀にあり、気に入った相手の肩や頭に乗ってくることが目印とされ、その時は要注意であるという伝承もある


――?!


 今、ぴょんしーはあけの肩に乗っている


 これがもしも、あけを気に入って一緒に妖精界へ連れて行こうとしているとしたら……?


 翠は思わず席を立ちかけたが、気を取り直して座り直すと再び文献を読み始めた


(今は魔法を解く方法を見つけるのが先だ)


 でないと、あけや兄のコウが困ってしまう


 読み進めていくと、この先はほとんど伝承や噂の類で魔法を解く方法は見つからないように思えたが、ある挿絵が目に止まった


 ぴょんしーと一緒にいるうさ耳の人物が何かの粉を浴びているような挿絵だったが、それは挿絵だけで記述はなかった


 いくら読み返しても何も書いていない


(これが何なのかが分かれば、きっと……)


 翠はそう思いながら、他に記述がないかと片っ端から心当たりの本を読み始めた――



 * * * * * * * * *



 彗が静かにBARのドアを開けようとすると、自然にドアが開いて中から一人の女の子が顔を出した


 銀髪にゴールドのグラデーションの長い髪をポニーテールにした女の子で、瞳の色が右が金、左が青い――BARの店主の妹"ひまり"だ

 

「ひまりちゃん、おはよう。イオさんいる?」


 ひまりは彗を見ると頷き、ドアを開けながら


「彗さん おはようございます、お兄ちゃんなら奥にいるよ――お兄ちゃん、彗さんが来たよ?じゃあ、バイト行ってくるね。彗さんごゆっくり」


 そう言って、彗に手を振りながら笑顔で去って行く


「ひまり、バイト気をつけてな。彗、入れよ?コーヒー飲むか?」


 ひまりを見送ってから店の奥へ入ると、カウンター席だけの店内の奥で、店主のイオがコーヒーを淹れているところだった


「ひまりちゃん、すっかり元気になったな」


「あぁ、これもあけ先生のお陰だ。俺以外には誰にも懐かなかったし、あの頃は日に日に弱っていって……今は楽しそうにしてて、すっかりあの通りさ。あんたが先生を紹介してくれなかったら今頃は……」


 適当な席へ座った彗にコーヒーを出しながら、イオはどことなく嬉しそうだった


「過去は過去、良かったじゃないか。元気になったんだから」


 そう言いながら彗はコーヒーを一口飲むと『うまい』と呟き、イオは満足気に頷きながらカウンター越しに椅子へ腰を下ろす


「で?あんたが来るって事は、何かあったんだろ?」


 その言葉に彗はカップを置くと頷いた


「イオさん、ぴょんしーって知ってる?」


「ぴょんしー?毎年ハロウィンの日にイタズラ魔法の犠牲者が出てる妖精だろ?誰かやられたのか?」


 あけの事が出た後に、まさかその本人が女子化したと言うのもどうなんだ?と、彗は一瞬考えたものの黙っているわけにもいかない


「実は今朝、あけとコウがぴょんしーのイタズラで女の子になってたんだ……イタズラを解く方法を探してる」


イオは一瞬目を見開き……驚いたような表情をした後、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべた


「あの先生なら、女になったらとびきり可愛いだろうな。コウの方もかなりの美人だね」


「イオさん、冗談抜きでそうなんだ。可愛いだけにもう目のやり場に困るんだよ……」


「彗、お前……意外とウブだな」


「勘弁してくれよ……」


 あけとコウの容姿を思い出したのか、彗が顔を赤くする


 イオの方は苦笑を浮かべると、少し考え込んでから店の奥へ行き、小さめのタブレットを持って戻ってきた


 それを彗の前へ差し出す


 画面には、何かの統計らしい表が表示されていた


「これは?」

 

「それは毎年、ぴょんしーにイタズラされた人達のイタズラの内容と人数・そしてイタズラ魔法を解いたかどうかの統計さ。ある研究機関からの依頼で、ぴょんしーのイタズラを調べた事がある。イタズラされる人の数は少ない、だが……」


 言われて彗はその統計の画面を見つめて、ある事に気がついた


「イタズラを解いている年と解いていない年が不定期で出ている……どういう事だ?」


 イオは彗のその言葉に、メガネの奥の青い瞳を光らせた


「そこなんだ、ぴょんしーがイタズラを解く何かがあるんじゃないかと思ってさ――普通ならやらねぇが……あけ先生絡みなら恩あるし、依頼してきたこの機関、データベースの中覗いて見るか」


 イオは元々裏稼業で生活してきたため、情報屋といっても自分でデータベースへハッキングをかける事もある

 

「それは助かるけど、いいのか?」


 彗は犯罪取締を含めた軍人という職業上、本来は許すわけにはいかない内情も、それぞれに裏事情があるのを心得ている


 イオの方は何食わぬ顔で、カウンター横の店の奥に入るための仕切りを開けながら口角を上げて笑った


「長く裏の仕事してりゃ、そこそこ何でも一線を越えるか越えないかの綱渡りはあるさ。時間もないし、とっととやっちまおうぜ」


 そう言いながら店の奥へと彗を促した――



 * * * * * * * * *



 昼過ぎにやっと彗や翠から連絡が入り、詳しい話は合流してからという事で、二人を待ちながらコウとあけはぴょんしーがやりたい事を一緒にやり、食べたいものを食べさせていた


 今は西区にあるアミューズメントパーク内をウロウロとしている


 ここは国内はもとより国外でも人気のスチームパンクな雰囲気で、蒸気機関やゴシックな街並みをテーマにした娯楽施設だ


 普段なら、かなり楽しめる


 だが……


「ねぇ?君達、二人ともフリーなら一緒に遊ばない?」


(またか?!)

 

 本日何度目かのセリフに、コウとあけは内心うんざりしていた


 パークへ移動した時から、二人とも散々男性に声をかけられている


 お昼に二人でランチを食べていようが、アトラクションを見ていようが、ポップコーンを買おうとしていようが……


 兎に角、よく誘われる


 温厚で人当たりの良いコウですら、今日はもう既に疲れが見えていた


「あら?折角だけど、ごめんなさい。今、二人とも彼氏待ちなの」


 あけがやんわりとそう言うと、相手は大人しく去って行く


 去った後、流石のあけもため息を吐いた


「あけさん……よくキレないね、オレちょっともう疲れた」


 コウは苦笑するが、あけは何事もなく笑顔を見せた


「私は仕事柄、医師として普段は一日中笑顔でいるので慣れている……って、言えばいいんですかね。まだ平気ですよ」


 そう言って、あけは肩に座っているぴょんしーを掌へ乗るように促すと、ぴょんしーはあけの掌の上へ乗ってきた


「この子、本当は喋れるはずなんですけど……何かがきっかけで話せなくなっているようなんです。治してあげられたら、イタズラを解いてくれないかな……」


 その言葉に、コウはぴょんしーとあけを交互に見やった


「あけさん、今朝のぴょんしーの話とか……ぴょんしーの事に詳しいけど、研究でもしていたの?」


 そう――朝の話やちょっとした事で、コウにはあけがこの妖精について詳しいのではないか?と言う疑問が湧いていた


 あけの職業は、普段は医者をしながら何かの研究をしている


 その"何か"を、親しい自分たちですら誰も知らない


 すると、あけはほんの少しだけ困ったような表情を見せたかと思うと、いつもの飄々とした笑顔に戻った


「私の研究は色々です、時には国内の妖精や精霊についても調べたりします。だから、この子の事も少し知っていますけど……」


 そこで一旦言葉を切って、あけはすっかり夕陽に染まり始めた空を見上げた


 オレンジ色の髪と瞳が夕陽にキラキラと反射している


 優しげな顔立ちが黄昏の光に溶け込みそうだった


――?!


 コウはあけのその顔を見た途端、今日一日声をかけてきた男性の多さに納得してしまった


(こんなのが一人でいたら、男なら声かけるよな……)


 あけに言ったらそのままブーメランで同じ事を返されるとは、コウ本人は全く思っていないのだが……


 そう思った途端、横から新たに男性二人組が近寄ってくるのがわかった


 そうして――


「君達、オレ達と遊ばない?」


(流石にもう勘弁して欲しいですね……)


 思わずため息が出そうになるのを、あけは飲み込んだ


 あけは断ろうとしたコウをそっと後ろへ庇いながら、手に乗せていたぴょんしーをコウへ預けると笑顔で男性達を見た


 この二人組は今までの男性達とは違ってワイルドな雰囲気で目つきが鋭く、なんとなく空気が違っている


(何となく、しつこそうだな)


 一瞬そう思いながら、あけは愛想笑いを浮かべた


「ごめんなさい、私達今、彼氏が来るのを待っているの」


 そう言った途端、男性の一人がニヤリと笑う


 髪をかなり短髪にした、うさ耳なしの青年だった。少し褐色の肌で、顔立ちからすると国外の観光客かもしれない


「さっきからそう言って男を避けてるけど、全然待ち合わせって感じじゃないんだよな。本当に彼氏来るの?」


(コイツ、観察してたな……)


 コウの方を伺い見ると、コウは一瞬眉を上げたが、そのままあけの出方に任せるという雰囲気だった


「あら、本当よ?ずいぶん待たされているけど、今日はハロウィンだから、ここで会う約束してるの」


 何食わぬ顔でそう言ってみるが、今度の相手は案の定……中々引き下がらなかった


「へぇ?じゃあ、彼氏が来るまででいいから一緒に遊ぼうよ?」


(アホか?コイツ)


 普通、彼氏持ちなら他の男とは遊ばない


 年齢=彼女いない歴のあけでも、それくらいは分かる


「自分の彼女が他の男性と遊んでるところ見たら、普通は嫌な気分になるでしょ?遊ばないわよ」


 こういう輩にはハッキリ言わないと解らないようで、あけは少し語気を強めて軽く睨む


「お?そういう顔もいいね、大人しそうだけど気が強い?」


 目の前の青年はニヤニヤしながら、あけの手首を掴もうと腕を伸ばし――


 ――バチン!


 という音と共に青年が微かに呻いた


 同時にあけの目の前が黒一色になる


 微かに、馴染みのある香水の香りがした


「オレの女に何か用か?ま、可愛いから声かけたくなる気持ちは分かるぜ?」


 ハリのある、僅かに低めの男性の声


 青年に手首を掴まれそうになった瞬間に、瞬時にその手を払い退け、あけを片腕の中に庇い自分の胸へ引き寄せたのは……


「イ、イオ君?!」


 あけが上を見上げると、22センチ差の身長でかなり上に見慣れた、サファイアのような青い瞳にメガネの青年の顔があった

視界が黒いのは彼が着ているシャツが黒だからだ


 相変わらず、ニヒルな笑みを浮かべている


「わりぃ、待たせたな。何驚いてんだ?お前可愛いからすぐナンパされるんだよ」


 そう言いながら、グッとあけを庇う腕に力を込める


 イオの瞳の奥には『合わせろよ?』という雰囲気が出ている

 

「い、いきなりだから驚いたの……もー、遅いんだからぁ」


 少し拗ねたような表情を作り、あけがそう返すとイオは青年の方を向く


「で?あんたら、オレの女に手ぇ出そうとしたんだよなぁ?」


 言いながら凄んだ睨みを利かせると、青年達は黙ってその場を去っていった


 それを見たあけが、やっと息を吐き出す


「イオ君、助かったぁ……有難うございます」


「お前ら、見た目が可愛いのに二人だけでウロウロしてるからだ。実際に女なら、オレでも声かけるぜ?あの光景を見て、助けてやりたいのにどうしたらいいのか分からないでいるウブな奴もいるけどな。なぁ?翠?」


 あけを庇ったままでイオはそう言いながら、横を向いて声をかける


 イオの横には僅かに離れた場所に翠がいて、顔を赤くしていた


 その斜め後ろには、彗がコウを庇う形で前に立っている


(あぁ……そういう事か)


 翠があけを助けに割って入りたかったのだろう。が、どうやって助けたら良いのか一瞬躊躇った隙にイオが割って入ってくれたのだろう


「すみません、助けて貰ってばかりで。そうか、イオ君から見ても可愛いのか」


 場を和ませたくて、あけはわざとらしく笑顔を作る


「イオにいちゃん、あけさんからいい加減離れて」


 翠が少し不機嫌そうに呟く


「あ、わりぃ」


 そう言ってイオはあけを庇っていた腕を解く


「あけさん、ごめん。オレが出れば良かったんだろうけど……」


 横からコウがぴょんしーをあけに返しながらそう言ってくるが、あけは首を横へ振った


「コウ君が出たところで、ああいう輩は態度もセリフも変わりませんよ。逆にコウ君の方が可愛いから、もっと絡まれたかもしれませんし私で良かったんです」


言って笑顔を見せると、コウは苦笑を浮かべた


「で、イオ君まで来るって……どういう事です?」


 あけはぴょんしーを肩へ乗せながら、スラリとした長身のバーテンダーを見上げた


「色々と情報を教えてくれたんだけど、その……」


 彗がそこで言い淀み、イオが意味ありげにニヤリと笑みを浮かべた


「あけ先生が女になったって聞いたら、見てみたいじゃん?」


「あのねぇ……理由聞かなきゃ良かった」


 あけは盛大にため息を吐いた――



 * * * * * * * * *



 アミューズメントパークから場所を変えて移動しながら、翠と彗、イオの話を聞き出す頃にはすっかり夜になっていた


 翠が得たのは

・何かの粉を振りかければイタズラ魔法が解ける

・どうやらその粉はぴょんしー自身は持っていない

・夜にその粉は見つかる

・気に入った人を妖精界へ連れていってしまう(?)


 とういう、漠然としたものだった

 文献が少ない上、ぴょんしー自体希少種だから情報や伝承が少ないのだという


 一方の彗はイオがぴょんしーのイタズラを調査していた機関のデータベースへハッキングをかけ、そこから引き出した情報によると


・イタズラ魔法を解くには『虹水泉』という花を粉にしたものを振りかける事で解ける

・『虹水泉』はハロウィンの夜にしか咲かない特殊な花

・この花は数年に一度しか花を咲かせず、咲く場所は決まっている


 というものだった


 彗が不定期でイタズラ魔法を解いていると気が付いたのは、この花が咲く時期にそれを使ってイタズラ魔法を解いている者がいるためだった


 今年はこの虹水泉が花を咲かせる年で、場所は東区の森の一角にある


 今、全員でそこへ向かっている


「イタズラを調査していたこの機関、虹水泉に目を付けて、花を人工栽培してぴょんしーのイタズラを解く粉薬って名目で高値でボッタクリ商法をしようとしたらしいんだが、花自体が人工栽培出来ないものだと解ってやめたんだ」


「悪どいですね……でも、データを残しておいてくれたおかげで、こうして助かりそうですけれど」


 少し息を上げながら、あけがイオの後を追って森の中を進んでいく


「あけさん、大丈夫?」


 翠があけが転ばないように気を配りながら、一緒に進んでくれている


「少し、きついんですけど……時間が押すのは嫌です。女の子になっているからか尚更、体力がないのかも……」


 珍しく本音を漏らしつつ、片手を翠の肩へかけるとあけは苦笑した


「あけ、やっぱり体力つけようぜ?何かあっても対応しきれないだろ?」


 イオの傍にいる彗が、そう言いながら進んでいく


「嫌ですよ……体力つけるだけで疲れそうですから」


「でも確かに、男子の時よりは疲れるね」


 コウも珍しくそう言いながら、あけの隣を歩いていた


「ってことは、じいちゃんはばあちゃんになってもマッチョだから、かなり鍛えてるって事?」


 翠の言葉に、今朝見たマッチョな婆さんになったじいちゃんを思い出して、イオ以外の全員が吹き出す


「じいさんも女になってるのか?!そっちは見たくねぇな……そろそろ、この辺りなんだが」


 冗談まじりにイオは笑いながら立ち止まる


 そこは何の変哲もない森の一角で、ほのかな満月の月明かりが木々の隙間から差し込んでいる


「そんな特殊な花が、こんなところに生えているの?」


 言いながらコウは辺りを見回した。が、何もない


「虹水泉はハロウィンの満月の夜にだけ咲くんです、だからイタズラを解くのが不定期になるんでしょうね。けどまさか、この花がイタズラを解く効果があるとは思いませんでしたけど」


 あけが周囲を探しながら、そう補足する


(この人、本当に何者なんだろう?)


 コウはそう思ったが、今は花を探す方が先だった



 しばらく手分けして探したが、それらしい花は見つからない


「場所は確かに合ってるんだが……」


 イオが不満げにそう呟いた時、翠が声を上げた


「あった!けど……」


「けど?」


 怪訝そうな表情で声の方へ進むと、翠の足元にうっすらと……千切れた何かが落ちていて、淡く虹色に光っていた


 あけが遅れて翠の方へ歩み出てきてしゃがみ込むと、それを摘み上げる


「虹水泉の花びらの破片ですね、ここに群生していたらしいですが、誰かに先に摘まれた後です」


「そんな……じゃぁ、兄さんやあけさんは」


 翠の声は落胆している


「チッ、他に花が咲いてるのが確定してる場所は分からなかったしな……」


 イオの言葉にコウがため息を吐いた


「オレ達の他にもぴょんしーのイタズラを受けている誰かはいるだろうし、そういう人も虹水泉の事を知っていれば摘みに来るよ」


 彗が腕時計を見ながら大きく息を吐いた


「22時か……」


 その言葉に、その場の全員が――詰んだ


 誰もがそう思った時、コウのスマホの着信が鳴り響く


 画面には祖父のギンの名が表示されていた


 コウは慌ててスマホをスライドさせて着信に出た


「じいちゃん?どうしたの?」


『ツキさんが、早く帰ってこいと言ってるんじゃ!時間がない!!』


「時間?でもまだイタズラを解く方法が――」


 そう言いいかけたコウの声に、ギンは遠慮なく自分の声を被せた


 『説明は後じゃ!!お前達、GPSで追ったら東区の森にいるじゃろ?そこからだと今から戻ってもギリギリなんじゃ!!早く戻ってこい!!元に戻れなくなるぞ?!』


――プツッ……


「え?じいちゃん?!」


 コウは何が何だかわからないが、兎に角戻ってこいという祖父の言葉を皆に伝え、全員森から急いで家へと向かって走り出した――



 * * * * * * * * *



 森からコウの家までは乗合馬車や交通機関を使えば早いが、今夜はハロウィンという事もあり、イベントなどでの安全を考慮して全て一時的に止まっていた


 距離的に走って帰ると一時間くらいかかる


 全員黙々と走っていたが、案の定――あけがフツリと立ち止まってしまった


 翠が慌ててあけのところまで引き返す


「あけさん?!」


 走っていた全員が一旦立ち止まった

 

「……ハァ、ハァ……す、みません。私の事は構わず、先へ行って……」


 無理矢理声を出そうとして、余計に息が上がる


 肩に乗っているぴょんしーも、心配そうにあけを覗き込んでいた


「置いていくって、あけさんを置いて行けないよ」


「多分、元に戻る方法が……コウ君だけでも」


 言葉が途切れ途切れで続かないが、元に取る方法が家にあるなら、コウだけでも先に行って欲しいのだろう


「先生、あんたほんと弱いな。今回は特別サービスだ、こんなの普通は金取るぞ?舌噛むから大人しくしてろよ……っと、案外軽いな……」


 イオの声と共にいきなりあけの体が持ち上がり、視界が高くなる


「?!」


 イオはあけを背中に背負うと、そのまま走り出す


「イオ君?!」


「担いだ方が良かったか?どっちにしても、あんたが家に行かないと、今日一日のみんなの苦労が水の泡になっちまうだろ?オレの休みも無駄に終わっちまうのは嫌だからさ」


 そうして再び、全員でペースを上げて走り出した――



 家に着いたのは丁度、23時になったところだった


 玄関ホールに入ると、物凄いマッチョなウサ耳の姿が見えた


「じいちゃん!!一体どういう事?!」


「ワタシはおばあちゃんよ」


『………………ば、ばあちゃん?!』


  思わずイオが背負っていたあけを床に落としたくらいには、かなりの衝撃だった


「いたた、イオさんひどい……」


「あけ先生、わりぃ……いやでも、じいさんじゃなくてばあさんって……」


 流石のイオですら呆気に取られてしまう程、目の前にいるじいさ……いや、ばあさんは筋骨隆々でマッチョだった。

フワフワのうさ耳がピョコピョコしている


 翠が思い出したように目を見開いた


「今朝、聞こえてきた悲鳴は四箇所からだった、って事は……ツキばあちゃんもぴょんしーのイタズラで?!」


「えぇ、そうなの。目が覚めたらこの姿で……恥ずかしくて、あなた達の前に出て行けなかったのよ。その代わり、イタズラを解く虹水泉の花の場所を知っているから夜になったらすぐに花を摘んで粉にしていたら、あなた達がいなくなっているし……困ってしまって」


 品の良い仕草で頬に片方の手を当てているが、どこからどう見てもじいさんでしかない


「ギンさんに聞いたら、ぴょんしーの好きな事をさせれば魔法が解けるかも?って言って外へ行かせたって言うし、適当な嘘を孫達に教えないで?って言って説教しておいたから、もう大丈夫よ」


 そう言っているうちに、奥からマッチョなうさ耳の婆さんが姿を見せた


「え?じい、さん……?」

 

 イオが再度固まった


「兎に角、時間がないわ。さぁ、みんな集まって」


 床に座り込んでいたあけを翠が手を引いて起こし、コウ・あけ・ギン、そしてツキが輪を作って寄り添うと、ツキが手に持っているガラス瓶に入った虹色に輝く粉を頭上から振り撒いた


 粉はキラキラと煌めきながら四人へ降り注ぐ


 すると、一瞬部屋中に眩い光が溢れて四人が包み込まれ――


 光が消えた後には、元に戻ったコウとあけ、ギンとツキの姿が現れた


「うわ?!待って?!私ちょっと着替えてきます!!」


「オレも!!」


「ワシもじゃ」


「あら?ワタシも」


 四人は一斉にそう言って各自の部屋へと駆け込んだ――



 * * * * * * * * *



  四人が着替えている間、イオがキッチンを借りて全員分のコーヒーを淹れ、残った三人でひと息ついていた


 あけが着替えている間、ぴょんしーは虹色の粉がまだ沢山残っているガラス瓶の周りをふわふわと浮いている


「お待たせしてしまって……」


 そう言って、最初に入ってきたのはあけだった


 本来の姿に戻ったあけは、ゆったりしたルームウエアの上下を着ている


 辺りを見回してぴょんしーを見つけると、そっと虹水泉の粉が入ったガラス瓶を手に取る


「ねぇ?ぴょんしー……君は最初から、この粉が欲しかったんじゃないの?さぁ、自分で話してごらん?」


 そう言うと、あけは瓶の蓋を開けてぴょんしーに虹水泉の粉をひとつまみ差し出す


 ぴょんしーはそれを嬉しそうに受け取ると、一気に飲み干した


 すると……


 淡い虹色の羽が見事な濃い虹色の輝きを放った


「もう、声が出るよね?」


 あけの言葉に、何故かぴょんしーは目に涙をいっぱいに溜めて泣き始めてしまう


「ごめんなさい……ごめんなさいい……」


 小さな声でそう言ってしきりに泣いてしまった小さな妖精を、あけはそっと人差し指で涙を拭ってやる


「私達にイタズラ魔法をかければ、もしかしたらイタズラを解くために虹水泉の粉を作って貰えるかもしれない――そう、思ったんだね?」


 すると、ぴょんしーはコクコクと頷いた


「どう言う事?」


 いつの間にかあけの傍へコウが来ていた


 やはり着やすそうなルームウエアを着ている


 その後ろにはギンとツキも来ていた


 あけは宥めるようにぴょんしーの頭を指で静かに撫でながら、説明をし始めた――



「ぴょんしーは本来、うさ瓶ランドではエルフから分岐したとされていて、本当は祝福と幸運をもたらす妖精で物凄く長命なんです。病気にも滅多にならない、筈なんですけど例外があって」


「病気にかかるのか?」


 イオが眉をひそめると、あけはゆっくりと頷いた


「えぇ、丁度ハロウィンの時期に、突然声が出なくなってしまうんです。何が原因かは分かりません、ハロウィンは闇の要素が強くなるからその影響だとも言われていますけど、そのまま放っておくと腕や足に痛みが出たり動かせなくなって、いずれは命を落としてしまう」


「そんな……あ!この子、最初に会った時腕が……」


「翠君勘が良いね。そう、この子は出会った時には既に腕を痛めていた。一時凌ぎで私の治癒魔法が効いたようですけど、それでも病気の進行を止めるものではないんです。止めるには」


 一旦言葉を切ると、あけはテーブルに置いてあるガラス瓶を見た


「虹水泉の粉が特効薬なのか?――ほら?これ使いな」


 彗がぴょんしーに小さく切ったテッシュを渡すと、ぴょんしーは嬉しそうにそれを受け取って残った涙を拭く


「えぇ、そうなんんです。虹水泉は元々ある種の魔法薬に使われるもので、身体を活性化して病を回復させるとされているんです。ぴょんしーにとってはこれが特効薬になる」


 あけの話は更に続いた


 この虹水泉は妖精界には存在せず、こちらの世界にしかないもので数年おきに満月のハロウィンの夜にしか花を咲かせない


 ぴょんしー達はハロウィンの日にだけこちらの世界へ出てこれるが、自分達ではこの花を探す事が出来ない


 そこで考えついたのが、イタズラ魔法を誰かにかけてそれを解く作用も持つ虹水泉の粉を作って貰えれば、自分達も粉を手に入れられる


 ぴょんしー達はそう考え、いつの間にかこの方法が浸透していった


 けど、こっちの世界でこの花が咲くのは満月とハロウィンが重なった時のみ

 毎年というわけではないので、ただでさえ希少で数の少ない種族のぴょんんしーが尚更減ってきている


 あけ達のところへ来たぴょんしーも、虹水泉の粉が欲しくてイタズラを仕掛けたが、皆が親切にしてくれるのでイタズラをした事が居た堪れなくなって泣き出してしまったのだ


「あけさん、なんでそこまで詳しく内情を知っているの?分かっているなら最初から言えば良かったのに」


 コウが不信げにそう言うと、あけは申し訳なさそうに俯いた


「すみません……最初から知っていたわけではないんです」


「どう言う事だ?」


 彗の言葉に、あけは深くため息を吐いた


「多分、最初にこの子の腕の手当てをした時から、話せない代わりにこの子は私に断片的な自分の記憶を送ってくれていたようなんです。時間軸もバラバラで本当に断片的なものなので、そこから理解して解釈するまでが時間がかかってしまったけれど……今話したのはその記憶から私が推論と解釈をしてまとめた話です」


――合っているのかは、ぴょんしーが言ってくれると思います


 そう言って黙り込んだあけに、ぴょんしーは静かに頷いた


「あけちゃんの言う通りなの……悪いのはアタシ……」


 鈴を転がすような、可愛らしくて綺麗な声でぴょんしーはそう言って、また泣き出してしまいそうだった


「泣くなよ、妖精とはいえ女に泣かれると弱いんだ。で、お前さん、もしかして他の仲間も救いたいんじゃないのか?」


 イオが本気なのか冗談なのかわからない態度でそう言うと、ぴょんしーは頷いた


 もう涙は止まっている


「本当は、他の皆も救いたい。けど、虹水泉の粉は妖精界に持って行くと消えてしまうの」


「じゃあ、粉じゃなければ持って行けるのかな?」


 あけの質問に、ぴょんしーは少し考えてから頷いた


「確か……種なら持って帰れるって聞いた事があるわ。でも、もうお花はないしアタシも今夜限りで帰らなきゃ……」


 すると、あけはそっと……結っていた髪をほどき自分のメガネを外すとそれをテーブルへ置いて、代わりに虹水泉の粉が入ったガラス瓶を手に取った


「時間がない、すみません。皆さんに先に謝っておきます……多分、意識が戻るまで2~3日でしょうから後はお願いします。ぴょんしー、君に会えて楽しかったよ?女の子になってしまって困ったけど、君は悪くないよ。これを持ってお帰り」


 そう言ってあけはガラス瓶に思い切り自分の魔力を注いで凝縮させ始める


 瓶の中が瞬時に真っ白い光で満たされていく


「あけさん?!いくらなんでも治癒魔法をベースにして物質の構成そのものを変成させるのは無茶だよ!」


 コウがそう言って慌ててあけの傍に駆け寄った時には、ガラス瓶の中には小さな虹色の丸い種が数個入っていて……


 あけはそのまま倒れ込んだ、意識は既になかった


 咄嗟にコウがあけを抱き止める


「無茶な事して……」


 意識をなくしても、あけはガラス瓶だけは離さなかった


 コウがあけを支えているうちに、イオがそっと近寄ってあけの手からガラス瓶を取るとぴょんしーの前へそれを置き、代わりにあけを抱え上げた


「無茶な事ばっかりしやがって……コイツ、周りのオレらの事は考えないのかよ。まぁ、それだけこっちを信頼してるんだろうけどさ。先生を部屋に置いたらオレも帰るわ、妹が待ってるしな」


 そう言って、イオはあけを抱えて部屋を出ようとし、一瞬立ち止まっってぴょんしーを見た


「コイツらを巻き込んで悪いと思うなら、その種、ちゃんと育てて花咲かせろよ?そして来年からはイタズラしにじゃなく、遊びに来い」


 そうして部屋を出て行った


 ぴょんしーは大粒の涙を目に溜めながら、何度も頷く


 それと同時に、12時を告げる柱時計の音が鳴り始め――ガラス瓶とぴょんしーの姿は光の粒子となって消えていった……


「妖精界に帰ったんだね」


 翠がポツリと呟くと、コウは静かに頷いた


「きっと、虹水泉の花を上手く咲かせてくれるよ」


 コウの言葉に彗はふと、思い出したように呟く

 

「気に入った相手を妖精界へ連れて行っちまうってのは、あくまでもただの噂だな。あんなに素直に謝って泣くんだから」


 そうして三人は静かにぴょんしーが消えた跡を見つめていた


「さぁ、みんなもそろそろおやすみ?」


「そうじゃの、今日は一日中頑張ったんだからゆっくり寝る方がいい」


 ツキとギンが笑顔で静かにそう言い、三人は頷くとそれぞれの部屋へ向かった


 ダイニングを出ると、廊下の窓からは丸い月の明かりがそっと……差し込んでいた――


~END~

 

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