小麦畑を渡る風 1 白うさ王国新領地堪能回想録
秋も深まり、色とりどりの紅葉が窓からよく見える。
探し物をしていて書棚を漁っていた時のこと――。
不意に何かがパサリと床に落ちたことに気がついたギンは、動きを止めた。
足下を見やり、落ちた真っ白い紙を拾い上げる。
裏返してみると、それは写真だった。
それを見た瞬間、不意に懐かしさが込み上げてくる。
そこには、見事な銀髪にサファイアのような青い瞳のうさ耳の青年と、黒髪に湖水を思わせる青い瞳の青年に挟まれる形で自分が写っていた。
背景には金色(こんじき)の小麦畑が広がっている。
「ほう……あの時は楽しかったな」
うさ耳の老翁は探し物の手を止め、近くのソファへと腰を下ろした――。
【小麦畑を渡る風】
~白うさ王国新領地堪能回想録~
彼らと知り合ったのは丁度、3年前だった。
外交を務める孫のコウが、新たに親交が深まったうさ耳の国との友好条約を結ぶため、親睦を兼ねて視察へ行くと言う話が出た。
だが、いつもなら共に行動するバディで友人の彗(セイ)のスケジュールが合わずに困っていたのを聞いて、自国の他にもうさ耳の国があると知り…どんな国なのか見てみたいという興味本位で自分も行くと声をかけたのがきっかけだった。
その国――"白うさ王国"の国王はまだ若く、側近で護衛の黒髪の青年が常に王をサポートしていた。
ワイン好きという情報を知って、孫のコウがうさ瓶ランドのワインを献上しながら親睦会の宴席でうさ王陛下と意気投合。
その後、何度か陛下と飲むためにこっそりと白うさ王国へ行ったりもしていたのだが……。
この写真の場所はまた、特別なものだった。
この写真を撮った当時、新たな大陸が見つかり、そこにある4つの国を巡って各国がそれぞれに見合った国と条約を結んだり新たな新天地を求めて冒険へ動く者が諸国で多かった。
うさ瓶ランドも例外ではなく、森と自然に溢れたエルフェアル国に長期の調査と視察へ行くことになった。
コウと彗が視察へ行ったのを見て、自分も新たな国々を見に行きたいと思っていたところへ、うさ王陛下が別の国に小麦畑を開拓してパンとビールの新たな産業を設けると言う噂が耳に入った。
妖精伝説や果実の自然豊かな恵みの孫達の方の国も気になるが、酒好きとしてはビールの方が断然気になる。
「ちょっと様子を見てくるわい」
家にいる孫の翠(スイ)や家内のツキさんにはそう言って、ギンはシレッと陛下達がいるレスランド国へと出かけていったのだ。
* * * * * * * * *
その国は気候が安定していて、農作物が良く育つと言う恵まれた土地だった。
街も活気があり、人々も穏やかで……。
どことなく温かみのある雰囲気に安心感が湧く。
街から離れたとある田舎町に、白うさ王国の小麦畑はあった。
春蒔きの小麦の芽が育ち、青々とした苗が風に揺れている。
小麦畑の奥にあるパン工房とビール工房を併設した石造りの建屋を訪ねる。
数分して出てきたのは、うさ王陛下の側近で護衛の青年――"クロ"だった。
「あなたは……ギン殿」
ギンの顔を見るなり、驚いた表情でクロは僅かに目を見開いた。
「手伝わせていただけませんかの」
笑顔でそう言うと、クロは一瞬困惑したような表情になる。
それも仕方がないだろう。
本来なら、ギンは他国の者で友好条約を結んだばかりの同盟国の人間だ。
自分達の手伝いなど範疇外。
しかも、ギンの国はこことは別の他国へ視察へ行っている最中だ。
「何故、手伝いを?」
短くそう問うクロに、ギンは真っ直ぐに彼を見つめて……。
「こっちの方が楽しそうでしてな、それに……陛下とまた飲みたくなりましての」
そう言って笑って見せた。
(……楽しそうって、王と二人でビール飲みたいだけだな)
この老翁のことを飲み友達と言っているうさ王の楽しそうな顔を頭に思い浮かべながら、クロは自分の主は喜ぶだろうな、と考えた。
「現段階でここの責任と雇用は私が任されているので、ギン殿が良ければ雇用ということで……」
その言葉に、今度はギンの方が一瞬目を見開いた。
「雇用と言うほど仰々しいものでなくて、単に手伝いたいだけで……」
「じゃあ、収穫した小麦でできたビール飲み放題とパン食べ放題ってことにすれば収まるな」
不意に横からかけられた声に、クロとギンは声の方を見やる。
そこには、暖かな陽光に照らされて輝く銀髪のうさ耳の青年がうさぎを腕に抱えてこちらへ歩いてくるところだった。
「陛下、おひさしゅうございますの」
ギンがそう言って頭を下げようとするのをうさ王は片手を上げて止めた。
「飲み友達だろ?堅苦しいのは嫌いだ。で、ビールとパンで良いよな?」
ニィ……っと、ちょっと生意気そうな良い笑顔で問われ、クロとギンは頷いた――。
* * * * * * * * *
それからは毎日があっという間に過ぎていった。
小麦の育て方は地元の小麦農園の者に教えてもらいながら、ビールやパンの製法を学び、うさ王陛下は見知らぬ国の視察と言っては街へ遊びに抜け出し、クロが頭を悩ませつつそれに同行していた。
ギンは畑の世話をするうさぎ達と仲良くなり、すっかり馴染んでいった。
小麦の穂を食べる鹿やカモをうさぎ達と一緒に追い払い、時々カラスに頭を突かれつつ……。
畑仕事が終わった夜はうさ王と共に飲んで語らい……。
そうして夏も間近な頃、小麦は見事な金色の穂を実らせた。
あたり一面が金色に染まる光景は圧巻だった。
「実りましたなぁ……」
「えぇ、これも地元の皆さんとうさぎ達とギン殿のおかげです」
風に揺れる小麦の穂を眺めながら、ギンはクロと二人で安堵のため息を吐いた。
「まだまだ、これからですぞ?パンとビールが上手く作れないと折角の苦労が報われない」
「そうですね、でないとギン殿に賃金代わりのパンとビールが出せなくなってしまう」
そう言いながら、二人はお互いに笑い合う。
小麦は種まきから収穫まで、おおよそ四ヶ月かかる。
その間すっかり馴染みになったこの二人は、最初こそお互いによそよそしかったものの……今ではこうやって笑い合える仲になっていた。
「本当にいいんですか?コウさんの方へ行かなくて」
「いや、大丈夫。あの孫はああ見えてもしっかりしている……他国でも、ワシがいなくてもなんとかやっているだろう」
そう言うギンの顔には不安や心配はなかった。
それを見て、クロも少しだけ安心したような笑みを浮かべた。
「いいですね……信頼し合える家族って」
その表情にはどことなく、寂しそうな翳りが一瞬だけ過ぎって消えた。
「クロ殿にも家族はいるじゃろ、陛下や妹さんがの」
「ギン殿……」
「血の繋がりだけが家族とは限らん、その相手が自分が守りたいと思える程の大切な存在なら家族も同然……それで良いんじゃよ」
そう言う老翁の顔は……。
どことなく、色々な何かを乗り越えてきた者の表情をしていた。
「そう、……ですね」
そう返したクロの顔を見ながら、ギンはニカっと笑顔になった。
「さぁ、収穫が楽しみですのう」
実った金色の穂を風が吹き抜け、クロの髪を撫でていった……。
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