陽だまりの笑顔 1


 

――ガシャーン!!


 

 店の階上から、派手な音が耳の中に響いてくる。


 防音はほぼ完璧にしてある。

 音に敏感なうさ耳の自分がやっと聞き取れるほどの設備にしてある、にも関わらずこの音は……多分、出入り口の近くで何かを倒したか割ったのだろう。


「またか……」


 イオは誰もいないBARの店内で深々とため息を吐いた……。



 【陽だまりの笑顔】1


 1


 自分の親がどんな容姿でどんな性格なのか、イオにとってどれ程自分の記憶を辿ってもそんなものは出てこなかった。


 覚えている最古の記憶は雪が降り積もる真冬に、生まれたばかりの妹を抱えて孤児院の玄関前に立っているところをそこの院長に拾われた。


 それと、もう一つ……。


 真冬の森の中で真っ白い大きなうさぎが、自分と妹を包み込むようにフワフワの毛であたためていたこと。


 この二つが、イオにとっての記憶であり唯一の財産だ。


 孤児院に保護された当時、自分が身につけていたのは葉っぱを合わせて植物のツルで縫って作った服だけ。


 ひまりに関してはうさぎの毛の塊に包まれていただけだった。


 名前に関しては、院長が見た目の髪色から名付けた。


 イオの方は灰白色に毛先だけが桜色をしていたことから"灰櫻"――カイオウ。


 ひまりは白銀髪に毛先が見事な金色をしているので"陽葵"――ひまり。


 実際に兄妹なのかすら判らないが、イオにとってひまりが唯一の家族で生きる理由だった。


 

(どうにかしたいもんだけどな……)


 

――代わってやれたらいいのに……


 

 一瞬そう考えたものの……いや、そうなると妹が自分の世話をして苦労することになると思い直して再びため息を吐く。


 そう思っているところへ、BARのドアベルが鳴った。


 ――"カラ……ン"という軽快な音が店内に響く。


 イオはいつものように笑顔で、ドアから入ってくる相手を出迎える。


「いらっしゃい」


「イオさん、こんばんは」


 そう言いながら入ってきたのは、長い青色の髪をポニーテールにした凛々しい青年だった。


 この国の者は、起源がうさぎが人に進化したと言われており、髪色は白や銀・茶色や黒がほとんどの中で深い青という色は珍しい。


 瞳はペリドットを思わせる黄緑だ。


「よぉ、軍から情報をとりに来るおつかいって聞いてたが彗か。毎回、使いっ走りは大変だな」


「小遣い稼ぎの子供のおつかいじゃないんだからさ、流石に給料もらって働いてるんだし」


 彗は笑いながら手近な椅子に座り、気さくにそう返す。


 イオがこの青年と顔見知りになってから、もうだいぶ経つ。


 バーテンダーとしてこのBAR―― Hitoyo "一夜"を経営しながら、イオは裏で情報屋として動いている。


 国内外の政府や軍事の情報から個人情報まで、金になる依頼とあらばなんでも扱う。


 軍も勿論、秘密裏にそういった情報は扱っているが中にはその性質上、手に負えないものもあり……。


 そういうものをイオのような情報屋から仕入れる。


 仕入れた情報を軍へ持ち帰る役割は下手をすれば危険も伴うものが多く、誰もがやりたがらないものだが、彗はそういう感覚が薄いのか……あまり気にせず上層部からの命令でこうしてイオのところへやってくる。


「子供の小遣い稼ぎのおつかいねぇ……それで生き延びてるやつも実際にいるから、バカにしたもんじゃないぜ」


 ふと……イオの表情に翳りが見えたのを、彗は見逃さなかった。


「大戦の後は親を亡くした子供達も随分苦労したって言う話は聞く、俺は親父は殉職したけど母親が生きてたからまだ良かったけどな」


 彗の瞳にもうっすらと影がさす。


 この青年については悪いとは思ったが、イオは事前にこっそりと調べていた。


 父親はうさ耳なしの軍人で、十数年前の耳狩戦役――隣国からの突然の侵略でかなりの被害を受けた戦争で殉職している。


 母親もうさ耳なしだが体が弱く、大戦には出なかったものの終戦後に病死していた。


 元は父親の家系の方が他国からこの国へ来た者だから、珍しい髪色と瞳の色をしているようだった。


「あんたも当時はまだガキだろ?体の弱いお袋さんと二人で苦労したんじゃねぇのか?……オレのところは元から親なんていないからな」


 言いながら静かに彗の前へシャンパングラスを出すと、手にしたボトルから上品なゴールデンカラーのシャンパンを注ぐ。


「イオさん俺のこと調べたな?……まぁ、詮索されて何か出るような家庭じゃないからいいけど。母親が病気がちだったからか、子供の頃から色々と周囲の大人の手伝いしたりして小遣いは稼いだな」


 言いながらシャンパングラスを手に取り、そっと口をつける。


「相変わらず、ここのシャンパンは美味いな」


 彗がそう言った時――


 

――ガタン……!!



 と、階上からまた物音が響く。



 物音に僅かに上を見上げて、彗はグラスをテーブルに置く。


 瞳には僅かに警戒の色が浮かぶ。

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