想いはいつも共に…… ――一日 Free Day その後――
『父さん、ずっと一緒だよ 母さんも一緒にね……』
息子の声がしたような気がして、ハッとして我に返った
辺りを見回す、が――なんの変哲もない無機質な室内だけが暗闇に包まれていた……
男はベッドから身を起こすと、小さなため息を吐いた
【想いはいつも共に……】
――一日 Free Day その後――
リノリウムの床に視線を落としたまま、男は黙って俯いていた
収監されていた留置所から数日前に移されたのは、大きな病院の一室
うさ瓶南区にあるこの病院は、治療のために国内各地から様々な患者が入院しており、その中には事件を起こした後に医療措置が必要な者も入っていた
"連続イケメン誘拐犯"として逮捕されてから、刑罰の処分が決まるまでにはそう長くは日数がかからなかったが、この男に課せられたのは……医療措置と厚生プログラムが必要とみなされたいわゆる"治療"だった
息子を失い、その失意からの犯行であった事と……
どうやら、誘拐して攫ってきた子達の中にかなりの有力者がいたらしく、その人の取り計らいもあっての事と言う話だけは耳にした
それを聞いてなんとなく、男の脳裏に浮かんだのは――"最後に話したあの兄弟"だった
どちらもうさ耳の銀髪のイケメン、好奇心旺盛で活発そうな……
あまり似ていないけれど、実際兄弟なのだろう――弟の方は兄思いで洞察力があり、兄の方は率直で、やはり弟思いだった
(あんな兄弟だったら……自分があまりいなくても、律"リツ"も寂しくなかっただろうか?)
息子の顔が浮かぶ
亡くなった妻に似て、線の細い美形の息子だった
妻の事を思って再婚はしなかったために息子は一人っ子で父子家庭、どうしても自分が仕事で一緒にいてやれない日も多く寂しい思いをさせていたのではないかと――そんな事ばかりを考えてしまう
リツがいれば、自分にはそれだけで良かった……
そう思ってばかりで、また眠れなくなる
「あら?眠れないんですか?」
かけられた声に驚いて顔を上げると、巡視で様子を見にきた看護師が、ドアの前で心配そうにこちらを見ていた
まだ若い看護師で、黒いうさ耳と瞳が印象的な可愛い女の子だった
「あ、えぇ……」
慣れていないこともあってか、男はそう言ったきりで黙ってしまった
看護師は気にせず、男の部屋へと入ってくるとそっと脈を測るために男の手首を取りながら
「最初は皆さん、ここに来たら不安で不眠になることもあるんです。でも、少しずつ安心できると思うと眠れるようになっていくんです。奏"ソウ"さんも、きっと大丈夫ですよ」
名前を呼びながら脈を見て、そのまま笑顔を向けてくる
「…………」
それに対しても、なんと言って良いのか……男は答えに詰まる
「眠れなくても、それを気にしてはダメですよ?ベッドに横になっているだけでもいいんですから」
そうして部屋を出て行った
(安心なんて、いつ出来るのだろう……)
そう思いながら、男は再び俯いた……
数日経っても、男は息子に対して自責の念が湧いてきて、更に息子と同じくらいの子達を誘拐してしまったことへの罪悪感に苛まれていた
――"単に仲良く話してみたかっただけなのに"
寂しさを埋めたかった
だが、やったことは間違っている
そう思うと、何もかもが嫌になる
そうして、段々と負の感情に囚われていく
食欲も落ち、動く気力すら無くなっていく
そんなある日のことだった、その青年が病室を訪ねてきたのは
――コンコン……
ドアがノックされる音がする
「……はい」
一応、返事はするがどうせ看護師か回診の医師だろうと思って、男はボーッと天井を見つめていた
カツカツと小気味よい靴音がして、誰かが入ってくる
「死にそうなを顔して……そんなんじゃ、自分がやったことに対して償えないし、亡くなった息子さんに対しても本当の意味でやったことを悪いとは思ってないようですね」
厳しく、凛とした声が室内に響く
ハッとして身を起こすと、あの日自分を逮捕した軍の青年がベットの脇に立っていた
深みのある青い長髪がこの国にしては珍しくて、よく覚えている。黄緑色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる
「あなたはあの時の……」
呆気に取られて青年を見上げていると、彼は静かに頷いた
「あなたが誘拐した子の中の一人から頼まれて、渡したいものがあって」
そう言いながら、片手に持っていた手提げの紙袋から小ぶりの箱を取り出す
箱はごくシンプルで何も書いていないものだ
青年はベッド脇にあるオーバーテーブルへ箱を置くと、そっと蓋を開けて中身を取り出した
中には……
「スノードーム?」
透明度の高いまぁるい球体のガラス球が、アンティークな色の台座に乗っている
手のひらくらいの大きさのガラス球の中には、優しそうなうさ耳の父親が広げた腕の中に今にも飛び込んでいきそうなうさ耳の幼い男の子の姿があった
どちらも仕立てたばかりのスーツ姿で満面の笑顔、キラキラとした虹色の四葉のクローバーのプリズムが舞っている
「これは……?」
思わずスノードームに惹き寄せられるように魅入っていると、青年が静かに話し始めた
「あんたが攫ってきた人の中にいたのは、詳しくは話せないがある国の……要人がいたんだ。その国もうさ耳の国民は魔力が使える。その人から渡して欲しいと頼まれて」
そう言いながら、青年から語られた話は不思議なものだった
自分が失っている想いの欠片が入ったスノードームを作れる者がその国にはいると言う
普段はその店主に会う事も、その店に入ることも叶わない
けれど……
本当に自分にとって必要な時にだけ、その店への道が開かれる
その店には自分が失くしてしまった大切なものが詰まったスノードームがあって、それが見つかるという
今回は……男の身の上を気の毒に思った被害者が、特別に店を訪れてこのスノードームを見つけてきたのだと……
それを聞いた時、男はやはり最後に会った兄弟を思い出していた
「――『もう、大切なものを見失わないように』と、伝言を預かっている。あんた、息子さんが大切なら、頑張って治しなよ……亡くなっても相手は"見てるはずだから"さ」
その言葉に、男がハッとして青年へ顔を向けた
うさ瓶ランドの住人は、亡くなるとその場で身体が消失する
綺麗な淡い虹色の、微細な粒子として空気に溶け込んで消えていく……
その起源が虹色火山の魔力から生まれたとされるうさ瓶ランドの国民は、亡くなると魔力の一部として自然に還るからだ
だから、この国には霊園や墓地といったものは一切ない
「亡くなった後も、自分と共に傍で共にいてくれるって、あんたもきっと……誰かにそう言われただろ?……じゃあ、渡したからしっかり治せよな」
そう言って足早に出て行こうとする青年へ、男は慌ててベッドから立ちあがろうとしてよろけて再びベッドへ座り込んだ
「体力がなくなってるからだよ、頑張って元に戻したら、出来るなら礼に行けばいいと思うぜ」
そう言って青年は病室を出て行った
――"あんたもきっと誰かに言われただろ?"
そうだ……
大切な者を失くした者しか解らないその意味を、今更ながらに思い出す
(じゃあ……今の青年も大切な誰かを……)
そう思ったが、もう今は聞く術もない
男は改めてテーブルに置かれているスノードームへ向き直った
そして、そっと……手にとってみる
ガラス球は不思議なほどあたたかく、触れている手のひらにピッタリと馴染んでいく感じがする
まるで……自分の一部が還ってきたような感じだった
虹色の四葉のクローバーがフワフワと父子を囲んで舞っている
あたたかい春の陽射しの……シロツメクサが沢山生えているあの草原の陽だまりのような……
男は思い出した
そう、あれはまだ息子のリツが小学校へ上がった頃……
小学校へ入学して間もない頃
子供が普段どんな授業をしているのか、親が授業を見学する行事があり、その日、ソウは息子の為に急いで仕事を切り上げて学校へ向かった
そっと教室へ入ると、自分の親が来ているのかを気にしつつ、子供達が一生懸命勉強していたのだが……
来ていた親はほぼ母親で、父親は自分だけだった
お洒落だったり清潔感のある服装だったりと、さまざまな服装で母親達が並んでいる中、ソウはそっと端の方へ進んで息子を探すと……
自分が来たことを気が付いて後ろを振り返ってリツが一瞬手を振ってから、また前を向いた
病気がちで学校も休む事もあったが、何でもやってみたい、みんなと仲良くしたい……そう言って頑張る息子だった
授業が終わり、それぞれ生徒が自分の親と共に帰宅する
息子は疲れると熱を出すので、早々に帰ろうとすると何故か……その日、リツは行きたい場所があると言って少しだけ歩きたいと言い始めた
自分の言うことは素直に聞く子供だったから、普段こんな事はなかった
困惑しながら手を引かれ、案内されたのは……
学校の裏手にあるシロツメクサの草原だった
野良のうさぎ達が沢山、美味しそうにシロツメクサを食べている
「リツ、こんなところに一体……」
理由を聞こうと息子を見ると、リツは何かを探していた
「うささん、どこにあるか知ってる?」
新しい制服が汚れそうになるのも気にせず、近くにいるうさぎに話しかけたりしている
その顔は好奇心いっぱいで、大切なものを探しているようだった
生まれてから身体が弱く、友達とも長時間は遊べないし激しい運動もできない
それなのに、こんな草原に来たいのはきっと何かがあるからなのだろう
そう思うと、一緒にその"何か探し"をしてあげたくなった
「リツ、何を探しているのか お父さんにも教えてくれる?一緒に探してみる方が早く見つかるかもしれないよ?」
そう言うと、リツは一瞬考え込んでから笑顔を向けた
「本当は、自分で見つけたのをあげるといいんだって。でも……お父さんも探してくれるなら一緒に探したい」
「うん、じゃあ一緒に探そう。何を探しているのかな?」
しゃがんで目線を息子に合わせるようにして聞くと、リツは嬉しそうに笑った
「四葉のクローバーっていうの、見つけて大好きな人にあげるとしあわせになるんだって!あっくんが教えてくれた。お父さん、四葉のクローバー知ってる?」
あっくんはリツが仲良くなった友達の愛称だ
四葉のクローバーか……
こんなだだっ広い草原のどこにあるのかもわからないものだ、上手く言いくるめて家に帰ることもできなくはない
だが……
この子がやりたいと思ったことは一緒にやることが自分の楽しみで、生き甲斐だった
「四葉のクローバーは知っているよ、一緒に探そう」
そう答えると、リツは嬉しそうに青とグリーンを混ぜたような……妻と同じ色の瞳をキラキラと輝かせた
「うん!!」
そうして二人で四葉のクローバー探しが始まった
だが、この広い草原で早々見つかるはずもなく……
息子が楽しく遊べるのは嬉しい反面、また熱を出されると辛い思いをさせてしまうので避けたかった
ソウは近くにいたうさぎへ、そっと近寄った
うさ瓶ランドでは"うさ耳さん"と言われるうさ耳が生えている者は、それぞれが魔力が使える
そっと……ソウはうさぎへ片腕を伸ばして魔力を集中させた
――"探している四葉のクローバーを息子と一緒に見つけてくれるかい?息子は疲れると熱を出してしまうんだ
見つけてくれたら、うちで美味しい野菜をご馳走するよ?"
そう念を送ると、うさぎは小さく頷いた
そうして、うさぎはリツのところへ跳ねていくと一緒にクローバーを探し始めた
ソウが使える魔力は、ある程度の内容の事なら周囲にいる人やうさぎを操れる事だった
ただ、物凄く簡単な内容に限られたもので大掛かりな事は頼めない
しかも、頼んだ相手には必ず対価を出さないといけないものだった
自分でも探すが、やはり見つからない
リツの方を見ると、周囲にいるうさぎと話しながら夢中になって探していて……
その姿が物凄く楽しそうだった
(この子が元気でいてくれればなんだってする……)
そう思う
しばらく探していると……
「あ!!」
という声と共に、うさぎが四葉のクローバーを探し当てて咥えていた
「お父さん!これ!四葉のクローバー?葉っぱが4つある」
うさぎからそーっとクローバーを受け取ると、リツは嬉しそうな顔で駆け寄ってきた
青々としたクローバーの葉っぱが4枚
間違いない
探してくれたうさぎにこっそりと笑顔を返し、男はリツに頷いて見せた
「間違いないよ、それが"四葉のクローバー"」
そう言うと、リツは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた
それは陽だまりのような笑顔だった
銀髪が陽の光に煌めいている
「やったぁー!!このうささんが見つけてくれたよ」
そう言って一緒にいるうさぎを指差す
そのうさぎは、先程自分が魔力でクローバーを探してくれるようにお願いしていたうさぎだ
「そうか、良かったね。じゃあ、お礼にそのうさぎさんをおうちに連れて行って野菜をあげようか?」
「うん!!」
そう言うと、そばにいたうさぎも耳をピョコピョコと動かした
うさぎも喜んでいるようだ
これで約束していた野菜があげられる
「じゃあ、その大切なクローバーも……大事に持って帰って、好きな子にあげるまで失くさないようにするんだよ?」
身を屈めて息子を見る
すると……
リツは不思議そうな顔をしながら……首を傾げた
「僕が大好きなのはお父さんだよ?お父さんにクローバーをあげたくて探したの」
「?!リツ……」
驚いてその後が続かない
てっきりクラスで好きな子にあげるのだと思っていた
「これあげたら、お父さんがしあわせになるもん」
ニコニコしながらそう言う息子の笑顔に……
思わず涙がこぼれそうになるのを、ソウは必死で堪えた
この子は……まだ、幸せの意味もよく知らないだろう……
それなのに、自分の為にクローバーを探してくれようとしていた
無言で黙ってしまったソウを見て、リツは段々不安になってきた
「お父さん……いらなかったの……?」
そう言われて慌ててソウは首を横に振る
袖で気付かれないようにそっと涙を拭うと、息子に負けないくらいの満面の笑みを見せた
「お父さん、嬉しくて……有難うがすぐに出てこなかったんだ。リツ、ありがとう。お父さん嬉しいよ」
そう言われてリツも嬉しそうな笑みを浮かべる
「お父さん大好き!!」
そうしてそのまま父に向かってジャンプしてくる
ソウも嬉しそうに腕を広げて息子を抱き止めた
午後に傾いた日差しがキラキラと……
父子二人の銀髪を虹色に輝かせていた
「……リツ」
自然と涙が頬を伝う
息子は……病床で最期に自分に向けて笑顔で
『父さん、ずっと一緒だよ 母さんも一緒にね……見ているから一人じゃないよ』
そう……言ったんだった……
息子が……リツが見ていてくれる
間違ったことをした罪は償わなければいけない
そして、お礼を言いに……
あの兄弟を探しに行こう
男は静かにスノードームを握りしめながら、しばらくの間涙を流していた……
~END~
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