いつもの集会場に俺とフレイアの二人。

 単車は、それまで人類が開発してきた中で最も利便性と速度の釣り合いが取れた乗り物だった。

 空気で膨らませた車輪と、地面からの衝撃を吸収するバネの機構。動力液を燃やしてエンジンを回した時に得られる馬力と爆音は大勢の人間を魅了した。


 それまでは基本的には馬が主な移動手段だった人たちの生活は一変した……とまでは言えないが。

 それでも俺たちみたいに自分専用の単車を手に入れて日常的に使ってる人間っていうのは、日に日に珍しくは無くなっていた。


「私、あなたの単車に乗ってみたいわ」

「……なに言ってるんだ、お前は」


 俺が学校に足を運んだ時にはもはや恒例となった、放課後のフレイアとの時間。

 それまで俺の単車にさほど興味を示してこなかったフレイアが、突然そんな事を言い出した。


「資格証持ってるのか?」


 単車は個人で勝手に乗り回していいものじゃない。……いや、大概俺は勝手に乗り回しているがそういう話ではなく、一応乗るのに資格が必要だ。無資格で乗っているのを警邏隊に見つかったらしょっ引かれても文句は言えない。

 フレイアがそんなことも知らないとは思えないが、資格は持ってるんだろうか。


「持ってないし、別に私が運転したいわけじゃないわよ」

「それじゃあどうやって乗るつもりなんだ」

「そんなの、あなたの後ろに乗せてってことに決まってるじゃない」

「は……?」


 あっけからんと言われた言葉に、数秒思考が止まってしまった。

 俺の、後ろに……?


「お前、結婚前の女子がそんなはしたないこと言うんじゃねぇ!」


 単車の後ろに乗り合わせるってことは、俺と体が密着するってことだぞ! およそ結婚前のいいところのお嬢様が言うようなセリフじゃないだろ!

 そんな思いを込めて叫んだ俺の言葉は、全く気にした様子のないフレイアにかき消されてしまった。


「なんで男のあなたの方が気にするのよ……別に婚約者同士なんだし何も問題ないでしょ? いいじゃない、別に。それに庶民ならこんなこと普通にやってるって聞いたわ、あなたの仲間に」

「クソ、余計なこと教えやがって……!」


 いつも集会場に集まるあいつらの顔を思い浮かべる。誰に聞いても教えそうではあるが、一番はやっぱりアルタが言ってそうだな。今夜覚えとけよ……!

 それから少しの間単車の後ろに乗せまいと粘ったが、結局フレイアの勢いに押し切られてしまった。


 普通逆だろ、この役回り。


「明日乗せてもらうからね! 約束よ!」

「……はぁ。わかったよ」


 なんで俺が……なんて思わなくもないが。

 キラキラと小さな子供のように笑うフレイアを見ていると、なんとなく悪い気分にはならなかった。


 そんな俺自身のことが、何故か嫌いじゃなかったんだ――






 その日は学校をサボった。フレイアに言われてから夜中に単車を乗り回すようなことはしていない。だから、単車に乗るなら時間帯は日中に限られる。

 放課後からじゃたいして時間が無いし、そもそも俺は学校に単車で来たりはしていない。教師がうるさいし単車を置いておくような場所もないからだ。


 俺は学校をサボることに慣れているし、サボることをいちいち学校側に連絡するなんてことはない。そもそも連絡してたらそれはサボりじゃなくて普通に欠席だ。

 でも、真面目で品行方正(だと思われている)フレイアが学校をサボるなんてことは普通あり得ない。だからフレイアも今日は体調不良だのなんだの適当な理由をつけて学校を休んでいた。


 俺みたいな目立つやつの後ろに乗ってたらそんな噓すぐにバレるだろうに。頭いいのに何でこういうところはそういう知恵が回らないんだ?


「……私、学校をサボるなんて初めてだわ」

「なら、今からでもやめとくか?」


 いつもの集会場に俺とフレイアの二人。

 真昼間にここにいること自体は別に学校をサボった時のいつものことだが、そこにフレイアがいるのが何とも言えないむず痒さを俺に感じさせた。


「そんなわけないじゃない。ただ……ちょっと悪いことをしてるような気がして、ドキドキしただけよ」

「まあ学校サボってるんだから実際悪いことはしてるぞ」

「うるさいわね、わかってるわよそんなこと! ……でもね、それだけじゃないの」


 フレイアにヘルメットを手渡す。頭にかぶって顎紐で固定するだけの簡単なやつだが、街中でこれを被ってないと警邏隊にしょっ引かれる。街の外に出れば何も言われないんだが。

 フレイアは受け取ったヘルメットをしっかりと頭に被った。その辺りはやっぱり優等生といった振る舞いだ。


 それから俺が先に単車に跨った。キーを回してエンジンを点けて、両足を地面につけてバランスを取って、スタンドを蹴り上げる。

 ギアを入れずにハンドルを回すと、エンジンが回って排気口から耳を塞ぎたくなるような爆音が鳴り響いた。


「――ほら、乗れよ」


 単車の爆音に、言葉の続きを話すのも忘れてっびっくりしていたフレイアに後ろに乗るように促す。いつもは荷物を入れるための鞄なんかを括りつけているが、フレイアを乗せるために余計なものは全部外して二人乗り用の座席を取り付けていた。


「……足を広げて跨るなんて、はしたなくないかしら?」

「何今更馬鹿なこと言ってんだ。単車っていうのはそうやって乗るもんなんだよ」


 まあ、貴族の婦女子なんてのは馬に跨るのすらはしたないとか言い出す連中だからな。フレイアがそんなことを思ったってそりゃそうだろというところだが。

 単車に乗りたいって言いだしたのはフレイアなんだ。今更過ぎる感想を言われても困るぞ。


「それは、そうかもしれないけど……」

「はぁ……おい、自分でバランスとれよ」

「え? ちょ――」


 なかなか踏み出さないフレイアに痺れを切らして、俺は多少強引にフレイアの手を掴むとひょいとフレイアを単車の後ろに引っ張った。

 いくら出来の悪い俺だって、魔法を使って人一人持ち上げることくらい簡単にできる。


「きゃっ! ……もう、強引なんだから!」

「お前が乗らないからだろ」


 フレイアが後ろに乗ったことで、単車に人一人分の重みが加わった。いつもと違うバランスに不思議な感覚を感じる。

 俺の後ろにフレイアが乗っている。なんだか今までに感じたことのない何かが心の中に生まれるのがわかった。


「ちゃんと俺の腰掴んでろ。振り落とされるぞ」

「わ、わかったわよ……」


 そう言いながらも控えめに俺の腰を両手でキュッと掴むだけだったフレイアの手を、強引に俺の腹の前まで回させる。そうでもしないと単車を傾けさせた時に本当に振り落とされてしまいかねない。

 いくらフレイアが天才とはいえ、それはあくまで人間の運動機能の中での話だ。乗ったこともない単車の速度の中で、都度適切なバランスなんてとれるわけがない。


 俺の意図が伝わったのかどうなのか、フレイアも自分から力を入れて俺の腰を掴みなおした。傍目には後ろからフレイアが俺に抱き着いてる格好だ。


「行くぞ。しっかり掴まってろよ」

「……うん」


 ギアを入れて、ハンドルを回す。また一段と排気口から爆音が響いて、単車の車輪が回り始めた。

 走り始めの爆音の中ではまともに会話なんてできない。だから俺に抱き着いているフレイアが何かを言っていたような気もするけど、俺にはそれが何だかわからなかった。


「私がドキドキしてるのは、あなたと二人きりで……デート、するからよ……ばか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る