「それ、何もしない時に貴族が言うセリフじゃない」

 この街の人間の俺たちに対する評価はいろいろだ。「助かってる」なんて感謝の念を向けてくるやつもいれば、「街の治安を乱してるクソガキども」なんてでかい声で触れ回ってるやつもいる。

 俺は別にそんな街の人間の評判をどうこうしようなんて思ったことはないが、どうやら俺の婚約者様は違ったらしい。


「ねぇ、どうして夜中に大きな音を出してその……単車? っていうのを乗り回してるのよ」

「楽しいからだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「あなた、街の人から散々文句言われてるの気付いてないわけじゃないんでしょ?」

「そうだな」


 何故か少しずつ放課後の空き教室で、二人で話すことが定番と化してきていたある日のこと。

 俺はいつものごとくフレイアから小言を言われていた。……と思ったら、それまで言及されたことのなかった「夜中に単車を乗り回している」ことについて尋ねられていた。


「止めようとか、街の人に迷惑だとか思わないわけ?」

「特には。そもそも文句があるなら俺のところまでこればいいだろ?」

「自分の家がどんな家か知ってて言ってる?」

「俺は外で自分の家の話なんかしたことないし、俺のとこに集まってるやつらの中には俺に殴りかかってきたやつなんていくらでもいるぞ」


 俺の親友のアルタだってそのうちの一人だ。俺の顔と家のことを知らない馬鹿だって言ったらそれまでだが、気に入らないやつに正面から気に入らないと言いに行く馬鹿正直さと愚直さがある。

 そんな度胸もなく俺の見えないところで文句を言ってるやつのことなんて知るか。言いたいやつには言わせておけばいい。


「馬鹿ね。街の人全員があなたのところに集まってる人たちみたいに腕っぷしに自信があったり、知らない他人に突っかかっていけるほど強いわけないじゃない。頭ではとっくに理解してるくせに態度を改めないのはよくないわよ」

「……別に、お前には関係ないだろ」


 呆れたように正論を言ってくるフレイアに、俺はそう言って突き放そうとした。頭の回転が速いやつはここでいろいろ言い返せるのかもしれないが、あいにくと俺の頭の回転はそれほど速いわけじゃない。

 フレイアは俺のそんな態度が気に入らなかったのか、今度はきつめの口調で俺に指を突き付けた。


「私はあなたの婚約者なんだから関係大有りよ! 別に貴族の男みたいに品行方正のなよっとした男になれなんて言わないけど、最低限人の迷惑になるようなことはしない人間になってほしいわね!」


 自分の席に座っていた俺に対して、いつものように前の席に勝手に腰かけていたフレイアは、その言葉の勢いのまま俺の方に身を乗り出してきた。


「あなたが自分の家のことを嫌いなのはこれまでの付き合いから十分わかったし、だから街での評判がどうなろうと知ったこっちゃないっていうのも理解できるわ! でもね、それとこれとは別の話。夜中に大きな音を鳴らしたら寝てる人が起きちゃうし、その中にはようやく寝付いた赤ちゃんとか、病人とかもいるかもしれないわ。そういう人たちの貴重な睡眠時間を奪うなんてありえない! それに、あなた自身はどう思われてもいいと思ってるかもしれないけど、じゃああなたの仲間がどう思われてもいいわけ!?」

「……は?」


 声を荒げているわけではない。けれども力強く、言い聞かせるような力の籠った声だった。


「あなたの仲間って、信じられないけどあなたを慕って付いてきてるんでしょう? そんな仲間のことを悪く言われて、それでもいいっていうわけ?」

「……いや、そもそもなんでそんなこと知ってんだ? 俺そんな話お前にしてないだろ」

「あなたが連れてってくれないから、内緒でこっそりあなたのいない時を狙って集会場に行ったのよ。そしたらあなたの仲間たちが嬉々として教えてくれたわ」

「あいつら……!」


 そこまで言ったところで、フレイアは乗り出していた上半身を元に戻して椅子に座り直した。


「……彼ら、あなたに感謝してたのよ? 居場所のない俺たちに居場所をくれたって。だからあなたに付いて行くんだって。学校こことは違って、集会場あそこじゃあみんなあなたのことを見てたし、慕ってたわ」

「……」

「あなたが自分で作った場所じゃないかもしれないけど……あの人たちのことも、しっかり考えてあげてもいいんじゃない? 例えこの街から出て行くつもりなんだとしても。それが人の上に立ってる人間の責任ってやつじゃないの?」


 ――思い返せば、俺のことをここまで詰問して叱ってきたのは爺以来だった。

 フレイアと爺は全然似ていない。年齢も性別だって全く違う。


 それでも、家とか才能とか、そういったものを歯牙にかけずに「俺」自信を見つめるその瞳が、何故だかその二人を重ねさせてきて。


「……はぁ。わかった、善処する」

「それ、何もしない時に貴族が言うセリフじゃない」

「そんなことないだろ」

「もう! ちゃんと約束して!」


 少しはフレイアの言うことを聞いてもいいかと、そう思えたのだ。






「……と、いうわけでしばらく夜の街を走るのは止めだ。フレイアがうるさいからな」


 その日の晩。

 いつものように誰に何を言われるでもなく集まった集会場で、俺は仲間にそう告げていた。


「……お前、将来どころか今からすでにフレイアちゃんに尻に敷かれてねぇか……?」

「は? そんなわけないだろ。俺があいつのお願いを聞いてやったんだ。あいつの言ったことに従ったわけじゃない」


 俺とアルタのそんなやり取りと。


『フレイアの姉御、大将に言うこと聞かせるなんてやっぱやべぇな……!』『あぁ、絶対逆らわねぇようにしねぇとな……!』『これから大将に何か言いたいときはフレイアの姉御に言えばいいかもしれねぇな!』

「そこ! さっきから聞こえてるからな! 後で覚えとけよ!」


 そんな仲間とのやり取りが集会場に響く。

 なんとなく俺たちの在り方が変わり始めた。そんな予感を全員が持つことができた、そんな夜だった――

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