第5話 禁じられた探求
村の広場で捕らえられたノエミとリオは、夜明け前の冷たい石牢へ押し込まれた。
鉄格子の外には松明が灯され、司祭と長老たちが並び立つ。
「見よ、死を呼ぶ歌姫〈エステル〉の娘だ」
司祭の声は石壁に反響し、牢の奥へと響き渡った。
「七音を越えた旋律は魂を揺さぶり、やがて命を奪う。だからこそ我らは鐘を鳴らし、歌を断ち切り、掟を守ってきた。
それを破ろうとする者は——禁律者だ!」
長老が指を突きつける。
「お前の母エステルもそうだった。歌を“記し”、形にしようとした。
歌は測ってはならぬ。研究は禁じられている。
それを冒した者はみな、禁律者として処刑されるのだ」
ノエミの胸が震えた。——母が“研究”を? 本当に?
けれど最後に聞いた母の声は、あの朝の言葉だった。
「歌は奪うものじゃない。ほんとうは、与えるものなの」
格子の中でリオが静かに立ち上がった。
「だからこそ、確かめる必要があるんだ」
松明に照らされた瞳は強い意志を帯びている。
「歌が本当に奪うだけなのか、それとも……別の力があるのか。
真実を閉ざすことこそ、最大の災いだ」
「黙れ! 禁律を疑う者こそ呪いを呼ぶ!」
司祭が怒声を上げ、役人たちがリオを殴りつけた。
鉄格子が乱暴に閉ざされ、松明の灯りは遠ざかる。
残されたのは、冷たい闇と、石の湿り気だけ。
***
暗闇の中で、ノエミがかすれた声を落とした。
「……本当に……七音を越えると、人は死ぬの?」
リオは石壁に背を預け、短く息を吐く。
「ああ、そう言われているな。だが——」
ノエミは膝を抱き、膝頭に額を押しつける。
「昔から……そうやって死んだ人がいた。母も、禁律を破ったから……」
リオは首を横に振った。
「歴史は権力者が都合よく書き換える。本当に“七音を超えた歌”で死んだのか、他の理由だったのか……確かめる術は誰も持たなかった」
ノエミは顔を上げる。
「でも……みんな知ってる。鐘も、耳飾りも、全部“七音”を防ぐためにあるって。だから誰も疑わない」
リオの瞳が静かに光った。
「俺は信じない。すべての歌が人を殺すなんて。……その中に、人を救う歌があるとしたらどうだ?」
ノエミは胸を押さえた。母の声が甦る。
——「歌は奪うものじゃない。ほんとうは、与えるものなのよ」
牢の外で鐘が低く鳴り、夜の空気を震わせた。
ノエミは小さく囁く。
「……母も、それを信じてたのかな」
リオは目を閉じ、静かに答えた。
「俺は確かめに来た。禁律が本当にすべてを縛れるのか……それとも、真実は別にあるのかを」
石牢の闇はなお深く、冷たかった。
けれどノエミの胸の奥には、かすかな温もりが芽吹いていた。
母の残した言葉と、リオの声が重なり合い、夜を照らす微かな灯火となって。
リオはしばし黙し、それからノエミをまっすぐ見た。
「……ひとつ提案がある」
ノエミは息を呑む。
「……提案?」
「処刑を恐れず、公衆の前で声を示そう」
リオの声は低く、しかし力強かった。
「もし君が“歌わずに名を告げる”だけで誰も死ななければ——禁律は絶対じゃないと、この村全体に刻みつけられる」
ノエミの胸が高鳴る。怖い。けれど……母の声が再び響く。
——「あなたは、あなたの名で生きなさい」
闇の牢獄に、ノエミの心音だけが響いていた。
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