碧林檎

 夢を見たのです。


 そこは、さっきまで自分がいた教室で。自分の席に座っていて、周りにはクラスメイトがいて。話し声と笑い声、荷物を片付ける音が響いていて。

 現実のような夢でした。いつもの朝の風景を、そのまま映したような夢でした。でも、現実よりも、世界は少し色褪せていた。

 ふと、今日の時間割に目をやると、思っていた時間割と違いました。なので、わたしはすっかり驚いてしまって、ねえ、と、後ろの人に話しかけたのです。

「今日の一時間目、英語じゃなかったね」

「ほら、昨日、英語が二時間もあるの嫌だとか言ってたじゃない」

「良かったね」

 相手は何も返してくれませんでした。たしか、本を読んでいたと思います。文字のたくさんある、難しそうな文庫本でした。

 そう、だから、英語が無かったのは確かなのですが。時間割の文字が小さすぎて、他にどんな授業があるのか、見えなかったのです。

 だから、そのまま後ろの人に尋ねたのです。

「ねえ、今日の時間割、何だっけ」


 そこで目は覚めました。

 世界は、さっきより、幾分か明るかった。

 時間割を見れば、今日は、英語が二時間ありました。

 残念だね、と、後ろの人に言いかけて、ああ、あれは夢だったんだと気づきました。なぜかは分かりません。空気が違ったせいかもしれません。

 後ろを向いたわたしを、相手は訝しむように見ていました。わたしは、慌てて正面を向きました。

 恥ずかしかった。どうして、あんな夢を見てしまったのか。しばらく悶々としてはいたものの、少しすれば忘れるだろう、と考えるようになりました。

 わたしも、後ろの人も。さっきのことは、すぐに忘れる、と。

 わたしは、夢を忘れるよう努めることにしました。


 でも、少し思ったのです。

 あの夢の世界はどうなったのだろうか、と。あそこに生きている人々はどうなってしまったのだろうか、と。

 そして、また少し、今度は別のことを思ったのです。

 今、わたしたちがいる場所は、本当に現実なのだろうか、と。わたしが見ている景色は、周囲から聞こえる話し声は、まだ夢の中のものなのではないか、と。

 あまりにも現実に似通った夢だったせいで、どうしても、思ってしまったのです。


 もし、ここが、誰かの夢の中ならば。その誰かがうつつへかえるとき、わたしたちは、どこへ行くのでしょうか。


 さっきまで他人事として考えていたそれが、急に現実味を帯び始めて、すうっと、寒気を感じたのです。

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碧林檎 @ao-rinngo

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